第11話 造られた理由

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 所長とミネコと別れてから、カンナはある法人が所有する建物の中に入っていた。許可はもちろん所長が取得済。あとはここでゼラさえ始末すれば、彼の仕事はそれで終わる。


 カンナは暗がりの二階のフロアをぶらぶらと歩いていた。明かりも付けず、磨かれた床を歩く足音だけが鳴り響く。


 するとそのときだった。自分以外の足音がするのが聞こえたのである。

 カンナはその足音がする方へ向かった。すると、左の角から懐中電灯を持ったゼラが姿を現したのである。


「お姉さん、見ぃつけた」


 カンナはにこりと笑う。それに対し、彼女は子どもだと思って警戒をせず、ただいぶかしそうに尋ねた。


「あんたは?」


 だがその瞬間、カンナは持っていた拳銃の銃口をゼラに向けて、一発撃ち放った。

 バンッ!


「⁉」


 ゼラは間一髪それを避け、身の危険を感じて元来た道へ走り出す。カンナは追いかけるために、同じように走った。


「走るのはあんまり得意じゃないんだけどなぁ……」


 そういいながら、カンナはゼラとの距離を一定に保ちながら彼女の後ろを追いかけていく。途中でゼラがフロアのオフィスルームで手に入れたであろう、ファイルなどがカンナの方に向かって投げられたが、彼は軽くそれを避ける。


 そのような追いかけっこを暫く続けていると、どうやらゼラの方が体力が持たなかったらしい。ぜいぜいと息を切らし、廊下を曲がったところに壁に背を預け、一応体はカンナに見えないように隠れる。だが、それはもう、降参していることと同じことである。


「お前は誰だ⁉」


 ゼラは大声で尋ねた。自分を追いかけてきた者のことを知りたいのは、誰でも同じようである。

 カンナはここでも彼女と一定の距離を保ち、それに素直に答えた。 


「研究員のカンナだよ。忘れたの?」

「カンナ……?」

「そう」


 しかしゼラには思い当たる節がない。それもそのはずで、彼女は研究所ラボにいたころの記憶は抹消まっしょうされている。


「……私を始末するつもりか」


 ゼラはそれだけは分かっていたようで、カンナに尋ねた。


「うん。だって君は失敗作だから。まさかこんな暴走をされるとはねぇ。ぼくらのラボにとっても迷惑だし。所長は、こんな風になるとは思っていなかったみたいだけど。あ、所長ってお姉さんを造った人ね。ぼくのことを覚えていないってことは、生みの親のことも忘れているよね?」


「ふっ、私を造った者か。知らないな。知っていたら、先にそいつのところに行っていたかもしれないのに」


「お姉さんはさ、どうして自分が生まれたのか知っている?」


 唐突な問いに、ゼラは思考を巡らす。だが、己が生まれた意味など思いつかなかった。


「……知らない」

「じゃあ、教えてあげる。お姉さんはね、人間が生み出すごみを片付けるために生まれて来たんだよ」

「……」


 ゼラはその答えを知っていた気がしていた。

 だが、何故だろう。このカンナという少年がゼラの生きている意味を示したとき、酷く嫌な気持ちになった。

 カンナは言葉を続ける。


「人間はね、新しいものを沢山生み出してはいるんだ。だけど生み出して、消費するだけ。消費した後に出てきたゴミとか、道具が壊れたときにゴミとなってしまったものを片付ける人たちが、ほとんどいないんだ。捨てて、捨てて、捨てて……。誰もそれをかえりみない。道にゴミを平気で捨てる人もいるけど、中にはちゃんと分別して出したとしてもその先の業者が愚かなことをしていて、ちゃんと片付けられていなかったりしてさ。それを所長がずっとなげいていたわけ。だから、お姉さんはそれに一石を投じるために生まれて来たんだよ」


「……そうだ。私はゴミを片付けるために、過ごしてきた」


 ゼラは同意した。確かに自分はそうやって、ゴミを片付けてきた。使命だと思う気持ちもあった。しかし、何故かしっくりこない。


「だよね」

「だが、私は、ただゴミを片付けていたわけじゃない」

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