第4話 役場の人たち

 ある日、町役場の人たちが車に乗り合わせ、ゴミ溜めに来たのである。どうやらここでゴミを片付けているゼラの噂が広がったらしい。彼らはそれを確かめに来たのである。


 職員の男たちは車から降りると、道路から良く見える場所で、せっせと作業をしていたゼラに声を掛けた。


「あんたがゼラか?」

「……」

「ここで何をしている」


 だが、彼女は集中していて聞こえないのか、彼らの声には答えない。


「おい、聞いているのか」

「……」

「黙っていないで、なんとか言え!」


 職員の一人が耐えられなくなって、大声で怒鳴った。だが、それでも彼女が自分たちのことを気に留めないので、強行手段に出た。黙々と作業をして話を聞かないゼラの腕を引っ張り、そこから連れ出そうとしたのである。


「⁉」


 ゼラは突然腕を掴まれたことにびっくりして、困惑しながらも抵抗した。

 声は出さないものの、腕を引っ張ったり、掴んできた手をバシバシと叩いたりして応戦する。

 しかし、ゼラは役場の男たちに比べたらひょろひょろなので、あっという間に車の付近まで連れて来られてしまう。このままいけば、ゼラはよく分からない場所に連れていかれてしまだろう。

 そのときだった。


「何やっているんだ、あんたたち⁉」


 ゼラから離れたところで、一緒に作業をしていた人たちが気づいてくれたのである。


「なんか、荒い声がすると思ったら……ゼラ、すまねえ、すぐに気付かなくて」


 おじさんがゼラに向かって謝った。

 彼女はふるふると首を横に振ると、ちょっと涙目になっていた瞳を腕でごしごしと拭いた。


「この辺りに住んでいらっしゃる方ですか?」


 町役場の人たちはおじさんに向き合うと、冷静な声でそう聞いた。


「そうだ。あんたら、ゼラに何する気だね」


 おじさんがどすのきいた低い声で言う。町役場の人たちは少しひるんだようだったが、大きく深呼吸して、丁寧な口調で尋ねた。


「この女性はゼラというのですか」

「そうだがね」

「どこから来たがご存知ですか」

「知らねえよ」

「そうですか……」


 そういうと町役場の人は、ゼラにこう言った。


「あなたは、身分証明書をお持ちですか?」


 ゼラはその問いに眉を寄せた。

 彼らが何を言っているのか分からなかったのである。


「身分証明書です。あなたがあなたであることを証明するものです。何かないのですか?」


 彼女は曖昧あいまいに首を振った。


「やはり連れていくしかないようですね……」


 町役場の人は困ったように呟いた。

 そして彼らはゼラをさりげなく車に乗せようと、彼女の腕を引っ張った。

 しかしそれを見たおじさんは、怒り狂ったように怒った。


「なんでなんだ! なぜ、ゼラを連れていく⁉」

「彼女は、身元不明者なのですよ。それに、ここは私有地ですよ。不法投棄されたからと言って勝手に片付けるというのは法律違反でしてね。彼女はそれ相応の罪をつぐなってもらわなくてはなりません。――あなたがたもしていたならば、同じ罪に問われます」


 近所の人たちは町役場の人たちの言い分に目を丸くした。


「あんたたちが片付けねーからだろう⁉ それをゼラが代わりにせっせとやってくれてんだ。この子にお金を払って労働させたわけでもねぇ! 感謝こそしても罪を償うなんておかしな話だろう⁉」

「しかし、そういう法律なのです。――連れていきましょう」

「おい、待て! ゼラ!」


 怒鳴ったおじさんの声に混じるように、ゼラが小さな声で呟く。


「おじさんっ……、皆さん……!」


 そういうと町役場の人たちは、嫌がるゼラを無理矢理車に乗せてしまう。

 近所の人たちはそれを見て怒り狂い、車が通れないように通せんぼしたり、石を投げたりするものもいた。町役場の人たちは困り果てて、警察を呼び、車を破損させたり、妨害ぼうがいした者が捕まえられた。


 ゼラはその様子を車内の中から悲しそうに見ていた。

 そして、しばらく彼女はゴミ溜めに戻ってこなかった。

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