第25話 見せびらかし病

風が吹かなくなってから随分と経つらしい。

僕が生まれるとうの昔にこの世界から自然の風というものはなくなった。

僕達は風を知らない世代などと呼ばれている。

人類は色々な問題を新たに得ることとなったが存外変わらずに生活している。

そもそも人類の抱える問題は膨大なのだ。


その日は遠足だった。

学校のみんなで近くの大きな公園に行くのだ。

勿論とても楽しいイベントだ。

だけど僕は少しだけ憂鬱でもある。

僕の家はあまり裕福ではない。

母親が用意してくれた弁当の中身を僕は知っている。

お粥の真ん中に梅干しが載っているだけの極めて質素なものだ。

僕は母親が一生懸命働いてくれていることを知っているので不満はない。

だがやはり憂鬱な気分にはなってしまうのだ。

そして僕と同じ班には松原君がいる。

松原君の家は裕福らしく、いつも高そうなおもちゃや文房具、ゲームなどを見せびらかして自慢している。

そして彼の母親は料理にも凝るタイプらしく、それは大層立派なお弁当を行事のたびに息子に持たせていて松原君はそれをいつも見せびらかしてはお友達に振る舞うのだ。

松原君は別に悪い人ではない。

おもちゃやゲームも貸してくれるし、お弁当のおかずだって快くくれる。

けどなんだか少し惨めな気持ちになるのだ。


公園で一通り遊んだ後お弁当の時間がやってきた。

僕は気が重くなりながらもお弁当を開ける。

向かいに座っている松原君もお弁当を開けてその豪勢な中身を見せびらかそうとしたその時、中に入っていた湿気らないようにと丁寧にラップに包まれていた海苔が宙を舞った。

ものすごい勢いで飛ばされる海苔を追いかける松原君。

海苔は全く捕まらない。

そんな様子を見てみんなは笑った。

僕も意地の悪いことだとは自覚しながらも少し笑った。

僕たちは何故海苔が空を舞っているのか理解していなかった。

そのため先生達の驚き様は異様にも感じられた。

風が吹いている。

誰からともなく呟き出すと周りはものすごい騒ぎになっていた。

風が吹いている。

風が吹いている。

松原君だけがまだ海苔を追いかけていた。

けれどその騒ぎも段々と落ち着いてきた。

無くなる時も戻ってくる時も案外みんなすぐ慣れるものだ。

そうか。

これが風か。

心地の良いものだな。

その日世界に風が戻ってきた。

僕も松原君も先生もみんな笑った。

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