第26話 廃屋マニア
蛙は愛されたかった。まだ足の生える前、尻尾のあった頃から愛というものを追い求めていた。人間達は親子の蛙の置物などを縁起物として好むようであるが蛙が実際にお玉杓子から蛙になり陸に上がる頃には親の姿など影も形もなく、蛙は自らを愛してくれる者を追い求めて彷徨い続けていた。蛙は生まれた池を飛び出し人間達の多く住む住宅街へと繰り出すことを決意したが、それは易しい道ではなかった。人間達は蛙を見ても避けるばかり、蛙を見つけた子供達はただ蛙を突きまわすばかりで蛙を優しく撫でたり抱きしめたりしてくれることはなかった。蛙は愛を求めて跳ね続けた。もう池への帰り方もわからなくなってしまった頃、真っ暗闇の中に右も左もわからないアスファルトの上で跳ねていた蛙は車に轢かれ、死んだ。
趣味は廃屋を巡ることだ。何故廃屋にこれほどまでに心惹かれるのかと問われると難しくはあるが、かつては人がそこに住んでいたのだというノスタルジー、見知らぬ場所を歩き回る冒険感、ほんの少し怖いもの見たさと言った気持ちだろうか。法律的にはかなりアウトなことは承知の上で入れそうな廃墟があるとネットなどで情報を仕入れては休日の夜になるとは足を運ぶのが習慣となっている。
その日選んだ場所は、都内から車で1時間半程の住宅街にあるごく普通の一軒家だ。5年ほど前に居住者がいなくなってからどういうわけ管理するものが現れず荒れ放題になっているという。近くのコインパーキングに車を停め、敷地内に足を踏み入れてみる。荒れていると聞いていたが思ったより綺麗だ。ゴミなども落ちていない。ドアノブを回すとあっさり開いた。かつてのこの家の主が置いていったのだろうか、服や、靴、鞄など、そして訪問者達が残したであろうレジ袋やペットボトルなどの大量のゴミが床一面に広がっている。踏まないように気を付けながら部屋を一つ一つ回っていくがあまり住人の痕跡が感じられず私としては少々落胆気味である。あまり期待せずに2階に上がってすぐにそれは現れた。なんの脈絡もなく赤ん坊の人形が置かれていたのだ。正直にいうとかなり肝を冷やした。しかしライトを向けてよく観察してみると、昔からよくある知育人形とはなんだか少し違って見える。まつ毛は長く、目もどうしてか不気味さが感じられなかった。何故だかこの人形だけあまり埃もかぶっていないようにも感じられる。正直に言って美しいとすら思った。無意識のうちに私はその人形の頭を撫でていた。しばらくすると我に帰り、他の部屋も見て回ってそろそろ退散することにする。あの人形のことは気になったが、流石に廃屋から人形を持ち帰るような勇気は私にはない。敷地から一歩出たところで一匹の蛙の死体が転がっているのが目に入る。車に潰されてしまったようだった。普段なら気にせず通り過ぎるのだが、何故か足を止めてしまう。適当に葉っぱを拾って上に蛙の死骸を載せ、廃屋の庭まで運んで土に埋めてやった。人様の土地に勝手に蛙の死骸を埋めるなんて褒められた行為ではないだろうが死骸を道路に転がしておくのも良くないだろう。ひとまず満足して私は家に帰ることにした。
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