第2話 音楽への気持ち

「はむぅ、はむ・・・美味しい!」


「はぁ・・・」


僕はため息をつくなんだこの状況はと。察しがいい人ならわかるかもしれないが、目の前にいるのは昨日、路上ライブをしていた例の彼女であり、先ほどの講義を遅刻した挙句、教授に目を付けられ注目の的になっていた彼女である。なんで、彼女が僕の目の前にいるかは講義の時間まで遡る。


 ~講義室~


「さっさと席に着きなさい。」


「はい・・・」


 彼女は少ししょぼくれるとぼとぼ歩きながら近くの席に着く。僕の席の隣に。いや確かに僕は講義が終了したらさっさと教室を出たいタイプの人間なので扉の近くの席を座ることが多いが、よりよって僕の隣に座らなくてもいいだろうと。隣の机も空いてるわけだし。そんなことを思いなるべく彼女の方を見ないように退屈な授業を必死で聞いているフリをする。彼女は席をつき筆記用具を準備し講義に臨む。その真剣な表情は遅れてきた人間とは思えない集中力である。その真面目な雰囲気に周りでクスクス笑ったり、話したりする子が黙り込むほどである。心なしか教授も満足そうだ。

 講義の終了を合図する鐘がなり、教授からも終わりのコールが出ると学生たちがいそいそと教室から出ていく。何をそんなに急ぐことがあるのかと思う。僕は机に広げていたもの片付けバックに詰めると次は昼休憩があるのでコンビニで軽く済ませるかと思いながら席を立つ。


「ちょっと、すみません!」


 急に左で声がしたので思わず左を向く、するとそこには困り顔の彼女、森崎さんがいた。まぁ隣にいたので当たり前ではあるが。


「はい? どうしました」


「いや、あのですねノートを見せてほしいんですが・・・」


 ああ、遅刻してきたから前半の内容を知りたいのかと思い、


「いいですよ、どこで移しま・・・」

「ホントですか!!、やったー、あぶねぇ助かったぜ!」


 相当うれしかったのか、僕の言葉にかぶせて喜ばれる。予想以上に喜ばれるとこちらが困る。てか、言葉遣いがそれ以上に引っかかる。


「あ、この棟の下の食堂にしましょうよ!いいですか?」


「ぼくは、それで大丈夫です。」


「じゃあ、それで決まりです。お礼にお昼おごります!」


「あ、ありが・・・ちょちょっと」


 勢い良く教室を飛び出す彼女を慌てて追いかける。

 ~


 「うま~!」


というくだりがあり、現在に至る。目の前で今日知り合った子が大盛りのカレーをおいしそうに頬張っているのをみて僕は苦笑する。その小さい体のどこにこの量が入っていくんだろうと、僕はこれで十分なのにと普通盛りのカレーを見て思う。彼女が頼んだカレーがおいしそうでついつい同じものにしてしまった。ここは決してカレー屋ではない。とそんなこと思っていると彼女は食べ終わり一息ついている。早い。


「ふー、美味しかった・・・あ!そういえば自己紹介まだだったね」


 唐突とはまさにこのことだろうかそれとも満足して思い出したのだろうかそう思うから急な自己紹介を始めた。


「私は森崎詩織もりさきしおりって言います。学部は文学部の文芸科です。さっきはいきなり声をかけてすみませんでした」


「政治経済学部、政治学科の乙葉景亮おとばけいすけです。さっきはそのびっくりしましけど大丈夫です。カレーご馳走様、よろしくです。」


「いえいえ、そんなので良ければ! よろしく!」


と森崎さんはにこやかに笑う。元気で感じのいい人だなと思う。少し強引さと時間にルーズな点を除けば。


「いやぁ、でも乙葉君が声かけてよかったよ周りの人イケイケ感じで声かけずらかったし。」


「僕はイケイケじゃないから声かけやすいと」


「いや、そうゆうわけで・・・ごめん」


「いや、誤らないで! なんかつらいから!!」


 そのツッコミに彼女が笑う。確かにイケイケではないがそれなりにはイケてるわと自分の服を見て思う。いや、そんなことないか。


「ハハハ、乙葉さんノリいい! まぁそれは半分は本当で半分は昨日私がライブしているときにお見かけしたので」


言われてドキッした。まばらにしか人はいなかったが少し立ち止まって聞いた人間の顔を覚えているなんて思っていなかったので素直にビックリした。


「よく、覚えてたね」


「そりゃそうだよ、私の音楽を一瞬でも聞いてくれた人はなるべく覚えるようにしているんだ。そうしたら、今日講義に行ったらいるんだもん」


と言いながら隣の席に立掛けたギターを撫でる。


「なるほどね、じゃないとイケイケな人声かけるもんね」


「まだ根に持ってるじゃん」


思わず場を濁してしまった。なんだろう、恥ずかしかった。自分の中で音楽はするものではなく、するものだったのかもしれないと思ったからだ。今まで高校からバンドをし、そりゃ何度もライブには立っている。それなりに盛り上げりもしたけど、でもそれはどこか自分の音楽は観客聞いてもらえる人に向けて作っていたのだろうかとバンドのメンバーや自分に向けて作った一種の自己満足に近いものではなかったのだろうかと僕は思ってしまった。だからこそ、まっすぐとそんなことを言う彼女に思わず直視できなかった。


「おーい、聞こえてる? おーい」


「ごめん、考え事してたなんだっけ」


「なんだっけ、いやだからいたって話」


「あぁ、そうだった」


やや沈黙、昨日今日であった人間がいきなり会話が持つわけがない。だが、場を持たせるには共通の話題が必要なわけだ。その場合「音楽」になるわけだが、僕が音楽をしていることを彼女はおそらく知らない。知っていたら今頃話しているはずだ。しかし、音楽関連ぐらいしかこの間を何とかすることもできそうにない。


「どうだった? とか聞かないんだね」


しまった、考えて挙句最悪な事を聞いてしまった。表現者にとって向こうから言われたわけでもないのにまるで感想を述べたがっている奴みたいだし単純に嫌な事聞いてる奴だ。彼女はハハハと少し自嘲気味に笑うと続ける。


「痛いところつくなぁ・・・聞こうと思ったよ、でも私自分に自信がないんだ。歌は好き、歌っているときの自分は無敵!って思ってる。歌っているとこの自分が一番か輝いているって感じてる。おこがましいかもだけどそれで一生食べていければなって・・・。でも、売れるためには、評価されるためには歌だけではダメで歌える人なんてこの世界中にはたくさんいてその中で埋めれずか輝くにはやっぱり曲を作らなくてはいけなくて・・・。むつかしくて自信がなくて・・・ハハ、昨日今日であった人に何言ってんだろ、ごめんね」


「いや、なんかわかる気がする。」


僕もそうだ「音楽は僕の事を嫌いだ」とか言っときながらそれはただの逃げの言葉であることは僕にも十分はわかっていた。誰かに曲を評価されるのは怖いことだとでも同時に逃げていけないんだと必死に今まで藻掻いてきたことも。それでも音楽はそっぽを向かれることも。


「でも、自信がないって評価から逃げてたら変わらないよ」


「え? 」


「あんなけ堂々と歌って、評価が怖いとか何をビビってるんだって感じ。それなら曲なんか作らずカバーだけでいいじゃないか」


「はぁ! いや、だからそれだとひょう・・・」

「だったら、逃げんなよ! 聞きたい感想や意見を聞きたい気持ちもあった僕に声をかけたんだろ、違ってたらごめん。けど、そんな感じで曲を作るなら僕の方が君より、いいのを作れるよ」


思わず言ってしまった。なんで余計なことを言うのだろうか。音楽の話になるとすぐ熱くなって言わなくてもいいことを言ってしまう。いいものを持っているのにうじうじしているのを見てしまったせいだろうか。いや、違う一人のアーティストとして曲を作るものとして中途半端な気持ちで作っていたのかと悔しかったんだ。それに気持ちを動かされた自分もだ。

 彼女はその言葉を言われスッとこっちに視線を合わせてきた。決して睨んでいるのではなく、その目は真剣だった。


「あんたの方が私よりいいのが作れるって・・・自信があるんですね乙葉さん」


「まぁ、うじうじしてる森崎さんよりは」


「へぇ~、私今喧嘩売られてるよね? 」


「それは、ご想像にお任せするよ」


「いいよ、買うよその喧嘩! 」


音楽では負けたくないってそういう顔をしていた。まるで昨日見た森崎詩織のようなワクワクに満ちた顔だ。そうだ、僕は君をその顔が見たかった。


「じゃあ、期限は二週間。場所は・・・大学の広場にしようか曲の披露はどんな形でもいい」


「いいよ、それでいこうよ」


「じゃあ、二週間後。それまで精々首洗って待ってるんだな自信がないシンガーソングライターさん」


「はぁ! そっちこそそこまで言ってきてショボいの持ってきたら許さないから! 」


フンって音が聞こえるかのようにそっぽを向く。

僕はカバンを肩にかけ、おぼんを返却口へと持っていこうとする。


「待ってよ」


「なに? 」


「見せてもらってない」


「何が? 」


「ノート!! 」


この後、30分ほどかけ彼女は書き写した。

その間、あんなセリフを言った後に呼び止められて恥ずかしくて死にそうだった。

俯いて書く彼女の耳も心なしか赤かった。


これが、僕と詩織の出会いだった。

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コトノハの詩 御餅 @tonjiru_

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