第8話 晩御飯

「着いた。ここが私ん家ね。しばらくは月風の家にもなるけど」

「契約解除するまでの間だけな」


 私は鞄から家の鍵を出しながら、月風に我が家のことを教えていた。


「昇ってきたから分かると思うけど、うちはここのマンションの五階。私とお母さんの二人で住んでるの。あっ、今日はお母さんいないから気にせず喋れるよ」


 鍵を開けて月風と二人で家の中に入る。ここに住み始めてから私とお母さん以外の人が中に入るなんて初めてかもしれない。


 ――まぁ、月風は人じゃないけど。


「はぁー、疲れた。とっとと着替えよ。……月風は向こう向いててよ」


 月風は私の発言を心外だと思ったのか、背を向けながら文句を言ってきた。


「お前の貧相な体なんて興味ねーよ!」

「貧相だと……?」


 私は月風が背を向けている間に素早く部屋着に着替えた後、私に向き直った月風を鬼の形相で睨んだ。私の体が豊満だなんて口が裂けても言えないが、それでも今日初めて会った奴に『貧相』と言われれば癪に障る。


――そもそも、年頃の女子の体に言及するなんて恥を知れっての!


それに対して月風は面倒臭そうに形だけの謝罪をしてくる。


「はいはい、悪かったよ」


 私はフンと鼻を鳴らして台所へ向かった。今はあんな奴と口論している場合ではない。これから、今日の晩御飯を作らないといけないのだ。


 ――あっ、豚肉今日までだ。じゃあこれを使お。


 冷蔵庫の中にある食材を見定めながら今晩の献立を考える。帰宅時間が遅かったせいで、いつもよりも晩御飯を作り始める時間が遅い。どうせお母さんは朝まで帰ってこないのだから、簡単なものでもいいだろう。献立を決めて、部屋の中を物珍しそうに見ている月風に声をかける。


「月風は晩御飯食べる? ちなみに今日の献立は豚丼と味噌汁、あとサラダだけど」


 月風が食べ物を必要としないことは昼食の時に教えてもらったが、私だけが何も食べない月風の前で食事をするというのも気まずい。


「何を考えてるか知らないが、俺が食べ物を必要としないのをお前が気にする必要はないぞ。まぁでも、人間の食べ物に興味が湧いた。少しだけもらう」


 私の考えることなんてお見通しだったらしい。さっそく、偉そうな注文に応えるために晩御飯を作り始めた。




「どうぞ。召し上がれ」


 そう言ってテーブルの上に座っている月風の前に小皿を置く。月風の大きさで椅子に座るのは無理があるから行儀が悪くても致し方ない。私も台所からリビングに自分の皿を持ってきて晩御飯を食べ始めた。月風も私も食べているときは無言になるタイプなのかもしれない。食器の当たる音と咀嚼音だけが部屋に響いている。チラリと月風の方を窺いみると、月風はすでに食べ終わっていた。箸も持てないくせにどうやって食べたんだろうか。


「馳走になった。うまかったよ、比較できるほど人間の食べ物の味なんて知らないがな」

「ふふん、お粗末様でした!」


 私は得意げになってそう言った。お母さん以外の誰かに自分の料理の感想を言ってもらえることなんて久しぶりだったし、何よりその感想が『美味しい』だったことが嬉しい。月風はその小さな見た目とは裏腹に半人前くらいの量を食べていた。彼は自身の言葉通りに私の作った料理をおいしく感じてくれたのだろう。


――それにしても、私、月風を餌付けしてない?


「それじゃお腹も膨れたところで、今後の方針決めだっ!」

「はぁ」


 食後のお茶を片手に、私たちは今朝の話し合いの続きを始めた。

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