第3話 契約

「契約できた理由が分からない?」

「だから、そうだってずっと言ってただろ」


 私たちは未だに山道の傍らで話し込んでいた。


 ――分かったことと言えば、私たちが結んだ契約とかいうのが主従関係を結ぶものだってことと、月風が妖怪で烏天狗ってことだけ。


 確かに月風は天狗っぽい見た目をしている。顔が赤くないことや鼻が長くないことなど私が知っている天狗とは少し違う点もあったが、きっとそれは天狗と烏天狗の違いとかいうやつなのだろう。鴉なのに羽が茶色なことは気になるが。

 結局のところ、私が分かったのなんてその程度だ。何を聞いても理解が追い付かなかった最初の頃と比べれば進歩している、と言えるのかもしれないが、如何せん分からないことが多すぎる。


「契約っていうのは契約する人間と妖、この両方の合意が必要なんだよ」


 月風が思案顔の私を見兼ねてか、再び契約についての説明を始めた。


「それともう一つ必要とされるのが媒体。これは物なら何でもいいんだが絶対に必要だ。それに契約を解除する時にもこれを使う。だが、今の俺達にはこの媒体すらないときた。はぁー、ったく、どうしろって言うんだよ……」


 最後の方は若干愚痴が混ざっていたが、月風と結んだらしい契約についても大体理解できた。そして、今の私たちの現状も――


「つまりそれって、契約解除できないってことじゃない!」

「そもそも!初めから俺たちの結んだ契約がそんな簡単に解除できるなら困って、ん?」


 ヒートアップしかけた口論を止めたのは町内放送だった。私はいつも朝7時になると流れ始めるそれを目安にして走り込みを終えている。つまり、と考えたところで私は自分の体からさっと血の気が引いていくのがわかった。


「遅刻! やばい、遅刻する! あーっと、月風、悪いけど話はまた学校が終わってからで!」


 私はそれだけ言い切るとはじかれたように山道を駆け下り始めた。後ろで月風が何か言っているようだったけど、それどころではない。私は小学一年生から高校二年までの間ずっと皆勤なのだ。今更、この記録を途絶えさせるわけにはいかない。


 ――にしても、さっきから月風の声が離れてないような……。


 ふと、気になって後ろを振り返ると月風が面倒臭そうに私を追いかけていた。いや、ついてきていたと言った方が正しいのかもしれない。私の後をふよふよ浮きながらついてくるその姿はとてもじゃないが私を追いかけているように見えなかった。


「一つ言い忘れてたが」


 必死になって走っている私のすぐ横で優雅に羽ばたきながら月風がしゃべりだした。


「契約した者同士は離れられない。というわけで、仕方ないがお前について行ってやるよ」


 月風はやけに偉そうに私についてくる理由を明かした。


 ――じょ、冗談じゃない!


 そう言おうとしたが、私の口からこぼれたのは荒い息遣いだけだった。

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