第2話 そいつ

「じゃあ、本当にミサンガとかいうのが消えたこと以外はわかんねぇんだな?」

「う、うん」


 そいつの怒りが少し収まったころ、私とそいつは顔を突き合わせて現状把握に努めていた。

 が、何も進展していなかった。


「くそっ、何から何までおかしすぎる。なんで俺もこいつも契約した覚えがないのに契約出来てるんだ? あー、わっかんねぇ!」


 そいつは私の目の前を漂いながら、吐き捨てるように独り言ちている。一方の私は完全に話に置いて行かれていた。


 ――契約? それって一体何? そもそも、こいつと私がいつ契約したの? いや、もっと根本的なことから片付けないと……


 私は意を決して、ああでもないこうでもないと一人で話を進めているそいつに声をかけた。


「あの! 質問、いい?」


 そいつは私の呼びかけにうんざりした顔で振り向いた。


「はいはい、質問でもなんでもお伺いしますよ。ご主人サマ」


 そいつの発言に私は一瞬思考が止まった。しかし、すぐに動き出して叫んでいた。


「はぁ!? ご、ご主人様!? なんで私が!?」


 本日二度目の私の叫び声に、木に留まっていた鳥たちが一斉に羽ばたいていく。そいつは飛び去っていく鳥たちの方を眺めた後、呆れ顔で私に向き直った。


「こりゃ、一から説明しないとだめだな……。はぁ、いいか? 俺とお前が不本意にも結んじまったのが契約だ」


 そいつは盛大な溜息をこぼしている。説明してくれるのはありがたかったが、あからさまなその態度に私は少しだけ腹が立っていた。


「んで、この契約はお前ら人間と俺たち妖を主従関係にするための契約だ。だから、さっき俺がお前のことを『ご主人サマ』って呼んだわけだ」


 とんでもないことを聞いている気がする。こいつは事も無げに話しているが、私には何が何だかわからなかった。


 ――私とこいつが主従関係で、こいつは妖で……いや、意味わかんないんだけど!


 頭を抱える私をそいつがしげしげと見上げてきた。私の掌ほどのサイズしかないそいつと下を向いていた私の目が思いっきり合う。


 ――なんでわざわざ人が下向いてるときにのぞき込んでくるのかな? あっ、けどこいつ、意外とイケメンだな。嘴があるからイケメンって言っていいのかわからないけど……


「って! そうじゃなくて!」

「うわっ」


 突然顔を上げた私に驚いたのか、そいつは私から距離をとると訝しげな顔で私を見ている。私は内心の動揺を隠すように声を上げた。


「そっ、それでっ、なんで私とあんたはその契約とかいうのを結んでるの?それにあんた、妖って――」

「『あんた』じゃなくて月風つきかぜ


 月風と名乗ったそいつは私の話を遮って唐突に自己紹介を始めた。むくれたような月風のその表情は、彼の見た目の少年らしさを際立たせている。私はそんな彼を見て、なんとなく三歳年下の従弟の顔を思い出した。


 ――なんか子供みたい。じゃなくて、自己紹介されたんだから私もしないと。うーん、でもなぁ。


 私は自分の名前に対する気恥ずかしさを抱えながら視線を彷徨わせると月風に名前を告げた。


「私は一ノ瀬……一ノ瀬いち


 尻すぼみ気味に終わった私の自己紹介を聞いて月風は一言つぶやいた。


「『いち』が多いな」

「そう思っても言わないでよ!!」


 本日三回目の私の叫び声を間近で聞いた月風は慌てて耳をふさいだ。

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