そそっかしい養子令嬢のギリギリ暗躍 ~秘密組織に救われたので、今度は私が虐げられている人を助ける番です!~

野菜ばたけ『転生令嬢アリス~』2巻発売中

第一章:あなたの解放、お助けします。

第一節:下っ端工作員エリーのハラハラファーストコンタクト

第1話 暗躍の始まりは、残念



 ねぇ知っている?

 の噂。



 代表者不明、構成員不明。

 本拠地も組織の名前さえ分からない『すべて不明オール・アンノウン』。

 だけどそれは途方に暮れている時に颯爽と現れて、悩んでいる人に手を差し伸べる。

 そんな組織が社交界のどこかに存在するのですって。


 この国で起きている事はすべて知っていて、どんなに隠しても暴いてくるの。

 そして見つかったら最後、何があっても見逃さないらしいわよ。


 

 え? 怖い?

 心配しなくても大丈夫。

 彼らは決して悪い事をしていない人のところには現れないから。


 でもそうね、もしかしたら貴方の身近にいる人が組織の一員でもおかしくはないのでしょうね。



 ◆ ◆ ◆



 カラカラと音を立てて走る馬車の中で、私は一人、両目をかっぴろげて手元の紙とにらめっこをしていた。


 “こんにちは、エージェント・シオ。今回の貴方のミッションは、グレンディース侯爵家・メリナに意思を問う事です。指示書に従って彼女に接触し、『成果』を上げてきてください”


 そんな言葉から始まる復号化済みの手紙には、今回のターゲット・メリナ様を取り巻く裏事情から、今日に係る作戦の指示まで。

 あらかじめ頭に入れておく必要がある事が、大量に記載されている。


「エリー様、まだ指示書とにらめっこですか。もう到着してしまいますが」

「分かってる! 覚えてるけど念のために見返してるだけだから大丈夫!!」


 向かい側から聞こえた少し呆れたような物言いにも、私は指示書から目を離さずに言った。


 すると、返ってきたのは深いため息。


「そんなに不安にならずとも。指示書は『いつも完璧』なのでしょう? ならば貴女の力量も、加味された上でのものの筈。できると判断されて送られてきているのですから、緊張せずにいつも通りに行えば問題ないのでは?」

「そう簡単に言わないでよ。その『いつも通り』がどれだけ難しい事か」


 彼の言葉に、私は思わず口を尖らせた。


 たしかに彼の言う通り、から送られてくる指示書はまるですべての事柄を予知しているかのように、いつも完璧な精度で編まれている。

 しかしだからこそ、もしこれでミスをするような事があれば、それはすべて私のせいだ。


 私は、自分にできる最大限をギリギリまで行いたい。


 私のこれからの行いで、誰かの人生を大きく動かす事もある。

 誰でもない私がそうだったからこそ、こうして噛り付くように何度も手紙を読み返す手間も、私は惜しんだりしない。


「あぁ、でもまぁエリー様の場合、いつも通りではない方が安パイかもしれません。いつも通りだと間違いなく、何かしらのおっちょこちょいやでしょうし」

「そんな事ないわよ、失礼な!」


 言い返しながら顔を上げると、シュッとした感じの眼鏡をかけた男性と目が合った。

 相変わらずのすまし顔なのが尚更憎たらしい。


 いつも通りの彼の軽口に心なしか気持ちが落ち着いたような気もするけど、ここで彼に感謝するのは少々癪だ。

 だから私はお礼を口にしない。

 彼も「そんな事は心得ている」と言わんばかりに、やはりすまし顔を崩さなかった。



 馬車がゆっくりと止まり、扉が開き外が露わになる。


 目の前に建っているお屋敷は、流石は侯爵家というべきか。

 辺境伯家に貰われたとはいえ、元子爵令嬢、いや、生家は男爵家だった私にとっては、思わず圧倒されてしまう。


 その立派さに気圧された私は、しかしすぐにハッと我に返った。


 

 私がしっかりしないでどうする。


 私を助けてくれたあの方が、颯爽と現れ自信満々に私に手を差し伸べてくれたように。

 その姿に、どん底だった私が光を見たように。

 たとえ完璧にはできなくても、少しでも早く、少しでも多く彼女を助けの手を差し伸べるために、私は今日、ここにいるのだ。


 そう思い、ギュッとこぶしを握る。



『過去の自分と同じ境遇だった人を、今度は自分が助けたい。それこそがターゲットを救うための貴方の原動力だというのなら、やり遂げられますよ、必ずね』


 自信に満ちた立ち居振る舞いで気高く笑ったあの方を思い出せば、お腹の底にグッと力が入った。


 エリー・クレメント十五歳、ここが度胸の見せどころよ!


 そう意気込んで、馬車を降りる第一歩を踏み出し――たところでタラップに躓き、危うく転げ落ちそうになった。

 

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