第34話:孤児院・マリア視点

 わたくしが一番にやらなければいけない大切なお仕事。

 それは、エドアルドお義兄様が常に気にかけておられる、孤児院の運営です。

 衣食住の全てが不足していないか、常に確かめなければいけません。

 お義兄様が選ばれた腹心の役人が配置されているので、不正が行われるとは思えませんが、お義兄様自身が常に口にされておられる、とても大切な事があるのです。


 人はどうしても堕落してしまう生き物だ。

 誰から監視してあげなければ、つい楽な方に流れてしまうのだ。

 欲望に流されてしまう事があるのだ。

 お義兄様だけは堕落する事はないと断言したのですが、否定されてしまいました。

 自分が堕落しないように、わたくしに監視するようにとまで言われます。

 この件だけは、最優先でお義兄様が時間を取ってくださるので、喜ばしい事なのですが、複雑な心境になります。


「マリア王太女殿下、本日はこのような大役に加えていただき、感謝の言葉もありません」


 私の華やいだ気持ちを地の底にまで落とす声が耳に入ってきます。

 できるだけ視線の中に入れないようにしていたのに、台無しです。

 今回の孤児院視察には、ローマ帝国のヤコポ殿が同行されています。

 今までわたくしの婚約者に名乗りを上げた方の誰一人も、孤児院の同行を許されなかったのに、ヤコポ殿が初めて許されました。


 万が一にも孤児院の子供達が死傷させられる事のないように、お義兄様の側近以外は同行を許されなかったのにです。

 これだけで、お義兄様がヤコポをわたくしの婚約者と認めている事が分かります。

 そう思うと、胸が押しつぶされそうになります。

 お義兄様と結婚したいのに、無理矢理婿を迎えさせられそうです。


「いえ、わたくしが決めた事ではありませんので、お礼には及びません。

 お義兄様がヤコポ殿を評価されたのです」


 ほんのわずかですが、ヤコポ殿が表情を動かされました。

 お義兄様に認められた事を喜んでいるのでしょう。

 わたくし自身に気に入られるよりも、お義兄様に気に入られた方が、わたくしと結婚できる可能性は高くなります。

 半年にも満たない短期間に、王国に残った貴族を全滅させられたのです。

 その全てが、お義兄様の直轄領となりました。

 

 公国におけるお義兄様の発言力は誰にもかないません。

 いえ、公国内だけでなく、大陸一と言える戦闘力を保有されておられます。

 そんなお義兄様に娘や妹を縁づかせたい王侯貴族は星の数ほどいます。

 お義兄様はその全てを認められました。

 ただ、相手の家の格や領地による差を全く考えられませんでした。

 そのため、強国と呼ばれる国の王家は面目を保つために申し込みを辞退されましたが、これが強国に宣戦布告するための策謀だと言う事は、誰の目にも明らかです。

 結婚を申し込んでおいて断るのですから、報復を受けてもしかたがありません。


 そんな強国の中に、ローマ帝国があるのです。

 皇帝や皇族はお義兄様の事を下に見ていますが、普通の目を持っているローマ帝国貴族は危機感を持っています。

 特に皇帝の専制政治が強くなったばかりか、行政権の一部をギリス教団の教皇庁に奪われてしまった元老院は、強い危機感を持っているそうです。


 ただ危機感を持っているだけでなく、利用する事も考えているそうです。

 お義兄様が教皇庁を教皇もろとも焼き払われたので、元老院は奪われた行政権を取り返すべく、コンスタンディヌーポリ総主教庁と争っているそうです。

 総主教庁との戦いに勝つために、お義兄様の力を利用したのだそうです。

 ですが、いいように利用されるお兄様ではありません。

 利用されているように見せかけて、逆に元老院を利用される事でしょう。


 そんなお義兄様にとって、ヤコポ殿は必要な道具なのかもしれません。

 わたくしと結婚させてでも必要な道具なのでしょうか。

 それとも、カルロ殿のような信じられる友なのでしょうか。

 わたくしよりもヤコポ殿の方が大切なのでしょうか。

 そんな風に考えていると、胸が苦しくて、痛くて、泣いてしまいそうです。


「マリア王太女殿下、そんなに気を落とされることはありません。

 ヤコポ様といえども、エドアルド様の厳しい目をかいくぐる事などできません。

 現に我々に為人を見極めろと命じられておられます。

 ご安心くださいませ」


 ソフィアが小声でささやいてくれました。

 ソフィアだけでなく、他の侍女や戦闘侍女も目で合図してくれます。

 彼女達はわたくしの味方なのです。

 彼女達が採点してくれるのなら、わたくしに有利な報告をしてくれます。

 わたくしがすべきことは、ヤコポ殿が隠している本心を探る手助けです。

 ヤコポ殿がお義兄様の期待するような人間ではないと証明するのです。


「ヤコポ殿、教えていただきたい事があるのですが」

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