第8話:事前準備

「お義兄様を私の理想に付き合わせてしまった事、本当に申し訳なく思っています」


「マリアお嬢様が理想を実現するために私を頼ってくださった事、心からうれしく思っておりますし、誇りすら感じております」


 俺は何一つ嘘をついていない。

 王侯貴族共など唾棄するだけの存在だと思っていた俺に、王侯貴族の中にも誇り高い人間がいるのだと教えてくれたのは、アウレリウス・ジェノバ公爵家の人達だ。

 代々アウレリウス・ジェノバ公爵家に忠誠を尽くしてきた譜代の家臣達も、ほとんどが誇り高く善良な人達だった。


 中にはどうしようもない塵屑のような奴もいたが、俺が下劣な素行を調べて証拠を提出したら、公爵閣下も奥方様も躊躇うことなく厳罰に処してくださった。

 お陰で今のアウレリウス・ジェノバ公爵家には、王家に寝返るような家臣はただの一人もいないので、安心して背中を任せることができる。

 もっとも、俺が公爵閣下の代理として王都に詰めている間は、閣下ご自身が領地を治めておられるので、家臣に策謀をする隙を与えられる事などない。


 俺が公爵家の庇護を受けるようになって十五年もの年月が経っている。

 その間に孤児院で一緒だった者や俺が卒院してから孤児院に入った連中は、今ではほぼ全員公爵家に仕えるか他の仕事をしている。

 中には商人になって国中を巡ってくれている奴もいる。

 そのお陰で王家や他の貴族家の正確な情報を集めることができる。


 まあ、まだ孤児院で学んでいる連中もとても多いが、彼らが飢える事も凍える事も怯える事もなく生きて行けるのは、公爵家の支援があってこそだ。

 俺は彼らのためにも公爵家を護らなければいけない。

 孤児を含めた領民達を身を挺しても護ってくださる公爵家の方々を、今度は俺が護り、公爵家の誇り高い精神を引き継ぐ手助けをしなければいけないのだ


「そう言っていただけると、少しは心が軽くなります。

 ですが私の理想の為に民を苦しめるわけにはいけません。

 貴族達が連合して我が家に攻め込んで来ると聞いています。

 実際の戦いになれば、お義兄様が勝つと信じています。

 ですが戦いの前に、進軍路の途中にある村々で、貴族連合軍による略奪と虐殺が起きるのではありませんか。

 その事がとても心配で、胸が痛みます」


「お嬢様のご心配はもっともな事ではありますが、手を打ってあるので大丈夫です。

 公爵家の家臣はもちろん、味方を誓った貴族や士族の家から、進軍路の村々に公爵領に逃げるように使者を送っています。

 万が一の事を考えて、三重の使者を派遣しておりますので、伝言が伝わらずに逃げそこなう事はありません、ご安心ください」


「ありがとうございます、お義兄様。

 お義兄様の事ですから、大丈夫だとは思いますが、逃げてきた村人たちの食糧や住むところは手配できているのでしょうか。

 公爵家の予算だけでは不十分なら、私の私財を使ってください」


「大丈夫でございます、ご安心ください、お嬢様。

 十五年かけて蓄えた非常用の食糧と備蓄金が山のようにございます。

 王国領の民が全員公爵家に逃げてきたとしても、五年は養えます。

 五年あれば荒地や湿地を耕作地に変える事もできます。

 耕作地にした荒地や湿地の収穫で難民も食べて行けます。

 それでも駄目なら、公爵家の交易艦隊が各国から食糧を買い集めて来てくれます」


「エドアルドお義兄様に公爵家を継いでいただいた方が、家臣領民のためだと思うのですが、駄目なのですか」


「それだけは絶対にできません、お諦めください」

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