第120話 奇跡
「あ、あれ?ここは?」
「どうやら正気に戻ったみたいね」
頭が吹っ飛んだバカは無視して、魔王である坂崎玲音に声を掛けた。
まあアホにはGを遥かに超える生命力を与えているので、頭が吹き飛ばされたぐらいでは死なない様になっているからね。
放っておけば回復して、その内勝手に起き上って来るだろう。
「あの……あなたは?」
魔王は事情が分からないのか、おろおろしている。
どうやら正気を失っていた間の記憶はない様だ。
だがその方が良いだろう。
かつての自分がやってしまった事。
そして今自分のやっている事。
それらの記憶を背負わせるには、余りにも重すぎる。
「私は女神よ」
「女神様?あれ?でもこの世界の女神様はアイルー様じゃ?」
「諸事情で交代になったのよ。気にしないで。それよりも、私が此処にいるのはあなたのその力を回収する為よ」
「力……そう言えば全身からなんか凄い感じがするけど。これはいったい?」
「神の力よ。不正に取得されたね。だから回収に来たの」
今の彼女が危険な破壊行為を繰り返すとは思わないが、そもそも資格のない者に力が宿っている事自体が危険なので、神の力は回収しなければならない。
でなければこの世界は消滅させられてしまう。
「神の力……これが……でも不正に取得って?それに回収されちゃうんですか?」
「ええ、正規の手順じゃないからね。貴方には悪いけど、その力は手放して貰うわ」
「ちょっと惜しい気もするけど……分かりました。お返しします」
彼女は笑顔でそう答える。
神の力は強力だ。
精神の未熟な者が持てば、その強烈さに魅了されもする。
だからもう少しごねられるかとも思ったのだが、あっさりとした彼女の返事に拍子抜けしてしまう。
「所でそこの化け物って……ひょっとして勇人……ですか?」
玲音が地面に大の字になっているカオスを見つめる。
どう見ても只の化け物でしかないのだが、彼女はあれが幼馴染である高田勇人だと一発で見抜いてしまった。
それは神としての力なのだろうが、そんな物が無くとも彼女なら気づいていた。
私にはそう思えてならない。
「ええ、そうよ」
「やっぱり!」
途端、それまで戸惑い気味だった玲音の表情が明るく花咲く。
その態度から、一発でその気持ちが見て取れる。
これだけ分かり易いサインをあのアホが延々スルーしてたのかと思うと、彼女が不憫でならない。
「貴方と同じで転生して来たのよ。今は気絶してるけど、その内むっくり起き上ってきっとセクハラを始めだすわ」
「ははは、ありえそうだ」
嬉しそうに笑う彼女を見て思う。
カオスのどこがいいのかと?
いや、それは愚問か。
カオスは自分に嘘をつかない。
何処までも自分に正直な男だ。
それは転生して強くなったからではなく、転生前の人間時代から彼が貫き続けた生き様だった。
その性癖趣向は兎も角、周りに流される事無く自分を貫く姿は、きっと彼女に眩しく映ったのだろう。
今の私になら、それが少しわかる。
「さて、それじゃあ回収させて貰うわ」
坂崎玲音に手を差し伸べると、彼女はその手を握る。
握手の様な形だ。
「坂崎玲音。汝、神の力の放棄に同意するか?」
握った手から、力を坂崎玲音の体内に送り込む。
後は彼女が合意した所で、その力を使って彼女の中の神の力を引っぺがすだけだ。
「はい」
彼女の返事と同時に、私は力を引き抜く。
もしここで合意が口先だけなら失敗してしまうのだが、そんな杞憂を吹き飛ばすかの様にすっぽりと力は引き抜けた。
「さて、と。それじゃあ一仕事するとしましょうか」
「一仕事?」
「ちょっとね。まあ貴方は気にしなくていいわ」
彼女は怪訝そうに聞いて来るが、私は適当に流す。
これからやる事は、事態の後始末だ。
形はどうあれ、カオスは奇跡を起こして見せた。
神である私がそれに後れを取るわけには行かない。
「見せてやろうじゃないの!女神の起こす奇跡って奴を!」
私は両手を天に掲げ、持てる力のすべて世界へと放つ。
「奇跡の
私の手から放たれた光は天に達し、円状に広がり世界を包み込んだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「なんだべ?」
魔物達が突如動かなくなったのでしばらく様子を見ていると、突如ベーアが上を見上げて声を上げる。
私もそれにつられて空を見上げた。
「これ……は……」
見上げると、夜空が輝きに包まれて行くのが見えた。
その驚くべき光景に、私は言葉も無く呆然とそれを見つめる。
「なんじゃ!?空から光が降って来るではないか!」
空を覆った光が、無数の流星となって地上へと降り注いできた。
光が大地に触れた瞬間、粒子が飛び跳ね、周囲に光の花を咲かす。
「これは一体……」
「どうなってるべ」
光を吸い込んだ瓦礫が、時間を巻き戻すかの様に元あった形へと戻って行く。
瓦礫だけではない。
怪我人や、救えず命尽きた者達の体の傷まで消えていく。
「死者の蘇生……そんな事が……」
躯となっていた者達が目を開き、立ち上がって来る姿を目の当たりにしたニーアが目を丸めた。
通常、死んだ者は生き返る事は無い。
父上を除き。
だが今、私達の目の前で奇跡が起きていた。
こんな事が出来るのはきっと――
「父上だ」
「カオスだべか?いくらなんでもそれは……」
ベーアは懐疑的だ。
だが私は確信する。
これは父の起こした奇跡なのだと。
「父上に間違いない」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「どうやらカオス様が勝利された様ですね」
私はそう確信する。
死者すらを蘇らせ、何事も無かった様に全てを元通りにしてしまう。
そんな出鱈目な奇跡を起こせるのは、魔王を御したであろうあの方しか考えられない。
「彼にはとんでもない借りが出来てしまったな」
汗にまみれた聖王女アリアが楽しげに笑う。
どうやら彼女も、私の言葉に異存はない様だった。
「では、一度直接会ってお礼をされては如何でしょうか。機会は私の方で儲けさせ頂きます」
「ああ、そうだな。事態が落ち着いたら頼む」
完璧なデートのセッティングをしなければ。
カオス様は聖王女に執心されていた。
上手く主に彼女を捧げられれば、私の立場も盤石という物だ。
「では、私達は領地へと戻らせて頂きます」
「ああ、助かった。カオスにも助かったと伝えておいてくれ」
「分かりました」
私は
当然そこでも再生は行われていた。
どうやら我が主は聖都だけではなく、世界規模で救済を行なわれた様だ。
本当にとんでもない御方だ。
私はあの時した自分の選択が正しい物だったと、心から確信する。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「どうやら終わったみたいですね、陛下」
奇跡としか言いようのない状況を呆然と崇めていると、変な機械に乗ったパーマソーが現れた。
「ああ」
「しかし、これは一体どうなっているんでしょうかね?建物が元通りになって死んだ人達まで生き返って。まさに神の奇跡の様です」
「わからん。だが死の山のドラゴンはカオスが主であり、魔王を倒すと言っていた」
「あの空で暴れまわってたでっかい竜ですか。あれを従えているなんて、想像以上ですね彼は。となると、この奇跡もカオスが起こした物だと言う事でしょうか?」
「そう考えるのが妥当だろうな」
恐ろしい話だ。
魔王すらも凌駕する力を持ち、更にはこれ程の奇跡を起こす。
彼がその気になれば、この帝国など一吹きで消し飛ばされてしまう事だろう。
これは是が非でもあのドラゴンを妃に娶り、彼との繋がりを深めておく必要がある。
「場合によっては、国ごと庇護下に入るのも手か」
「何の話です?」
「国是だ。気にするな」
私は配下の者達を纏め、宮殿へと戻る。
頭にあるのは、どうすればカオスに取り入る事が出来るのかという命題だけだ。
「やれやれ、悩ましい事だ」
私は輝く空を見上げ呟いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「終了っと。はー、疲れた」
世界の修復が完了した所で、掲げていた両手を下ろす。
流石に女神とはいえ、大量修復に加えて膨大な数の蘇生を行なえば疲弊もする。
「その馬鹿に言っといて」
私はまだ意識の戻っていないカオスを指さす。
ダメージはもう回復しているが、頭部破損の衝撃が大きかったのか、彼は未だに大の字で伸びていた。
「世界を救った手柄は、全部あんたに上げるって」
実際カオスが破壊神と化したレオンを正気に戻したから、世界は救われたのだ。
もしそうでなければ、この世界は消滅していただろう。
「それじゃ、私はこれで失礼させてもらうわ」
「女神様。なんだかよくわかんないんだけど、ありがとうございました」
そう言うと坂崎玲音は頭を下げた。
さっき迄正気を失っていた彼女は、事態が呑み込めていない。
それでも頭を下げるのは、きっと本能的な物だろう。
「良いのよ。気にしないで」
彼女は転生して得た新たな命を、精一杯生きただけに過ぎない。
こんな状態になってしまったのは、完全に神側の不手際だ。
坂崎玲音に罪は無い。
「所であの、お名前を伺ってもいいですか?」
尋ねられて、名乗っていない事に気づく。
「ちちが……じゃなかった」
危うく自分で乳神と名乗りそうになる。
「レオン。女神レオンよ」
「レオン!それって俺と同じ名前じゃ!?」
玲音が驚く。
彼女の名を知った時は私も驚いた物だ。
絶対に運命に違いないと、そう確信できる程それは衝撃的な事実で。
だからこそ、カオスなら何とかしてくれるとメルヘンチックな思考に私は陥ったのだ。
「ええそうよ、奇遇ね」
勿論それは運命などではなく、只の偶然だったと今ならばハッキリとわかる。
だがそれでもカオスは結果を残してくれた。
まあ結果オーライと言う奴だ。
「それじゃあ、私は天界に帰るわ。あ、そうそう」
私はカオスの傍へよる。
馬鹿面で鼻提灯を膨らますその顔が無性にムカついたので、頭をけり飛ばしてやった。
「セクハラは程々にしておかないと、そのうち痛い目に遇うってこの馬鹿に言っておいて。じゃあね」
真っすぐ自分に正直なのは彼の美徳だった。
だが何事にも節度が必要だ。
叶うならば、坂崎玲音がそのブレーキの役割を果たしてくれる事を願う。
何故なら私はもう……
「女神レオン」
天界に帰った私を待ち受けていたのは、太っちょ女神である
ちょっとした力を使うだけでも大罪なのに、大量蘇生迄したのでは極刑を免れないだろう。
「貴方のした事は――」
「分かっています」
だがそれは覚悟の上。
世界を監視するだけのお飾りの女神ではなく、本当の意味で神としての役割を果たせたと、今なら胸を張って言える。
それも全てはカオスのお陰だ。
彼は2度も私に道を示してくれた。
「もし生まれ変われたら……」
そしてその時、私の胸が大きかったなら。
少しぐらいは彼に触らせてあげても、罰は当たらないのかもしれない。
「さよなら、カオス」
アンドレア様が私の腕を掴む。
私は抗う事無く、ゆっくりと目を閉じた。
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