第116話 アーニュ・ヴァレス
「アーニュ様!敵襲です!」
「分かっている!最上級モンスターを招集せよ!」
「はっ!」
転移で要塞へと戻った私は命じる。
腹心である、ライカンスロープトライアームのテールに。
彼は大声で返事を返すと、招集の為その場を離れた。
残念ながら、私の転移魔法では大軍は送れない。
聖都へと連れて行くのはこの魔物領内にいる最上級モンスターだけになる。
だが最上級9体に、父すらも遥かに超えた今の私なら聖王女を守る事ぐらいは出来るはずだ。
「私は最上級モンスター達を連れて聖都へと向かう。他の者達は防衛に徹せよ。じき魔王様が元凶を始末してくださる。それまで耐えるのだ!」
強烈な聖なる波動を感じる。
それはまるでこの世界を覆い尽くさんばかりの強大な力だった。
恐らく、その力は今のカオス様すら超えているだろう。
――だが私はあのお方に付いていく。
化け物共を世界中に問答無用でばら撒く様な奴が、此方の投降を受け付けるとは到底思えない。
何より、聖なる力とヴァンパイアは相性が悪かった。
乗り換えようとしても、問答無用で始末されるのは目に見えている。
それなら分の悪い賭けであっても、カオス様に希望を賭けた方が余程生存率は高い。
「戻りました」
1分とせずテールがモンスター達を引き連れて戻って来た。
流石に最上級のモンスターともなると危機察知能力はずば抜けて高い。
恐らく異変に一早く気付き、戦いに備えていたのだろう。
戦力はライカンスロープ系が4体。
フライングオークとアラクネクイーンががそれぞれ2体づつ。
そして最後にミノタウロスバーサーカーが1体だ。
「集まれ。転移で聖都へと向かう。目的は聖王女アリアの保護だ。間違っても人には手を出すな」
モンスターも最上級クラスになると、知能はかなり高い。
頭の悪そうなミノタウロスバーサーカーですら、人間に近いレベルの知能を有していた。
その為、逆らえば待っているのは死のみだという事をちゃんと理解している。
間違っても私の命令を無視する事は無いだろう。
「では行くぞ!」
魔法を唱え、転移を行なう。
出た先は第5区、通称スラムと呼ばれる貧民街だ。
通常、人間の王族などという物は危機から真っ先に避難する物。
だが聖王女アリアは違う。
偽善の塊である彼女は、自身を顧みず迷わず危険へと飛び込んでいく。
つまり、救助を放棄されるであろうスラムに彼女がいる可能性は極めて高いと言う事だ。
「ぐぉぉぉぉぉ」
襲い掛かって来た魔物の一体を、ミノタウロスがその両手の巨大な戦斧で叩き潰す。
既に聖都――少なくともスラムは戦場になっていた。
周囲からは血の匂いが漂い。
人間の悲鳴や断末魔が聞こえて来る。
人間風にいうなら、正に地獄絵図という奴だろう。
だが私はそれらを無視して、探索魔法を発動させる。
私の目的はあくまでも聖王女アリアの保護だ。
彼女が望むのならば人間の救助も行うつもりではあるが――まず間違いなくそうなる――直接依頼されていない現状では、悪いが後回しにさせて貰う。
「見つけた」
無数の生命エネルギーの中に、一際強く輝く聖なる力を見つけ出す。
予想通りだ。
「不味いわね」
気配からかなりの数に囲まれている事が分かる。
どうやらかなり苦戦している様だ。
死なれては敵わないので、さっさと向かうとしよう。
「私の気配を追ってこい!」
翼ある魔物と戦う部下達に付いて来るよう指示を出し、私は空を舞う。
魔物達がそんな私に一斉に群がって来るが、爪の一振り――そこから発生する衝撃波――で蹴散らした。
この程度の雑魚共など、何千いようと今の私の敵ではない。
群がる雑魚共を蹴散らし、一直線に飛ぶ。
程なくして、大量の魔物を相手にする聖王女とその一行の姿が目に映る。
どうやら市民を庇いながら戦っている為、苦戦している様だ。
「偽善者というのは、本当に手に負えないわね」
私は呆れつつも、上空の魔物達に魔法を放つ。
主より学びしとっておきの魔法だ。
「カオスサンダー!」
私の手から生まれた白い閃光が夜空を切り裂き、魔物達を消し炭へと変える。
この魔法は訓練の合間にカオス様から学んだものだ。
流石に主が好んで使うだけあって、威力は他の魔法の追随を許さない。
「アーニュ殿!来てくれたのか!」
私は聖王女の横に降り立つ。
と同時に魔法を放ち、地上の魔物達を一気に吹き飛ばした。
勿論周囲の人間を傷付けない様、細心の注意を払ってだ。
「カオス様の命により馳せ参じました」
「カオスが……彼には借りを作りっぱなしだな。どうやって報いていいのやら」
きっとその身を差し出せば、借りとやらは軽く吹っ飛ぶ事だろう。
主は
控えめな――別に小さくはない――自分の胸が恨めしい。
「異変の元凶へは主が当たっています故、兎に角、今はこの状況を切り抜けましょう」
「それなら期待が出来そうだ!」
聖王女は目の前の魔物を豪快に切り捨てる。
人間にしては良い腕だ。
さて、それじゃあ仕事を始めるとしましょうか。
いずれ世界を手にするあの方の覚えを少しでも良くするために。
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