第115話 聖王女アリア

「入れ」


執務室で書類に目を通していると、夜分遅く扉がノックされる。

それもガンガンと激しくだ。


「し、失礼します!敵襲です!」


「敵襲だと!?」


敵襲という言葉に椅子から勢いよく立ち上がる。

その反動で椅子が倒れるが、気にせず私は駆け込んできた兵士に訪ね返した。


「グラール卿か!?それともセルバンの奴か?」


この二人はエリクサーのリストラ候補第二陣だ。

第一陣は兄を含めて既に老衰で亡くなっており、第二陣への通達も半年程前に済ませてある。

恐らく生き足掻こうと、影響力の強いグラールかセルバンがクーデターを起こしたのだろう。


「いえ!違います!魔物です!!とんでもない数の魔物が聖都上空に!」


「魔物だと!?」


一瞬、アーニュの事が頭を過る。

だがそれは無いだろう。

カオスがこんな真似を許すはずがない。


「何故魔物の接近に気づかなかった!」


聖都の周囲には強力な結界が張ってある。

魔物がそれに触れれば、事前に判明した筈。

いきなり上空を取られるなどありえない。


「分かりません。本当にいきなり現れたようで」


私の問いに兵士が言葉を濁す。

恐らく本当に分かっていないのだろう。

ならばここで問答する意味はない。


「規模は?」


「上空を埋め尽くす程に……恐らく数万は下らないかと」


「数万だとっ!?」


「本当に聖都全域の上空を埋め尽くす程でして……外を見て頂ければ……」


あり得ない規模だ。

仮に下級モンスターレベルと見繕っても、甚大な被害が予想される。


「くっ!兵を動員して今すぐ4区以降の住人の避難に当たれ!寝ている者も非番の物も叩き起こせ!」


「4区以降というのはその……」


この城で働くのは、末端の兵士に至るまで全てエリートと呼ばれる者達だ。

それ故貧民街スラムの住民を平気で差別しようとする。


「外側の彼らも聖王国の民だ!一人でも多くの民を守れ!」


ゆくゆくは縁故制度も改革していかなければならないのだが、今はまだその余裕はない。

何より、今という危機を乗り越えなければ話にならないだろう。


「ははっ!では失礼します!」


兵士が部屋を出て通路を駆けて行く。

それと入れ替わる様に、アッシュとバニラが駆け込んで来た。


「姫!」


「分かっている!親衛隊達に戦支度をさせろ!私も出る!」


緊急事態だ。

聖王国最強を自負する私も、当然前線に出る必要がある。


「畏まりました!」


他の者達なら、きっと強く避難を勧めて来ただろう。

だが幼い頃より仕えてくれている二人は私の事を良く知っている。

その為、彼らは黙って私の指示に従って部屋を出て行く。


私は急いで私室の一つに向かい。

そこに置いてある黄金の鎧と剣を急いで身に着ける。

部屋の窓から飛び降りて中庭に出ると、既に親衛隊達の整列は終了していた。


「揃っているな!これより10班に分かれて行動だ!各自敵の殲滅と住民の避難に当たれ!」


上空を見上げると、白い翼を身に纏う黒い異形がゆっくり降下して来るのが見えた。

この感じ……恐らくその力は上級モンスタークラスだ。


親衛隊の数は総勢110名。

本当はもっと小分けにしたかったが、対応するには最低1組10名は必要になるだろう。

それ以下だと一方的に蹂躙され兼ねない。


「「了解しました!」」


返事と共に皆散って行く。

こういった緊急事態用に、彼らの頭の中には緊急マニュアルが叩き込まれていた。

それぞれが担当している重要エリアへと向かい、状況に応じて救助や殲滅に当たる。


「私達も向かうぞ!」


その場に残った精鋭10名と――中にはアッシュとバニラの姿がある――私は城の正門を抜けて第5区画スラムへと向かう。


第1区、第2区には強力な結界が張ってある。

3区は神殿関係者や富裕層の区画で有り、彼らは自前の兵力やシェルターなどを用意してあるので自分達である程度――結界内に避難するなり防衛するなり――何とかするだろう。

その為、避難誘導や避難所の防衛が必要となるのは第4以降となる。


スラムもと指示はしたが、他の兵は心情的に第4区画を優先する事は想像に難くない。

細かく指示が出来ればそんな心配はなかったが、緊急事態ゆえ仕方の無い事だ。

私は民を守る為、第4区画を抜けて聖都の外縁へと向かう。


「邪魔だ!」


途中魔物が襲い掛かって来たが、私はそれを斬り捨て進む。


魔物の好きにはさせない。

なんとしてもこの国は私が守ってみせる。


彼が――カオスが国を変えるチャンスをくれたのだ。


だからこんな所で聖王国を終わらせはしない。


私はその強い思いを持って、剣を振るう。

再び再会した時、胸を張って彼と並ぶために。

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