第112話 神様の殺し方
「何でこんな事が……」
事態が呑み込めず、私はただただ茫然とする。
何故彼女が神へと変異したのか?
何がどうしてこうなったのか?
その原因がまるで分らない。
「恐らくは、アイルーの張った結界を吸収して神の力を得たのでしょう」
突然背後から声を掛けられ、驚いて振り返った。
そこには青いドレスを身に着けた女性。
良く言えば豊満。
悪く言えばぶくぶくに膨らんだ姿をした女神が立っていた。
「アンドレア様!?どうしてここに?」
アンドレア様は私の上役に当たる方だ。
普段は執務空間から殆ど出る事のない彼女が、何故か私の監視空間へとやって来ていた。
「って!それよりも彼女の変異をご存じなのですか!?神の力を吸収したってどういう事です!?」
「以前、別の世界で同じような事が起きた事がありましてね。詳しくは話せませんが、特定の条件を満たす事で生物は神へと進化する様になっているのです」
そんな話は初耳だった。
人が神になるなど、果たしてそんな事が――そこでハッと気づく。
自分という存在に。
私も元は人間だ。
死後天界に転生させられ。
そして長い修練の後、神の力を受けて神へと生まれ変わっている。
もしも神へと至るプロセスが、転生、時間、そして神の力を受ける事だとしたら……坂崎玲音の神化は十分あり得る事になる。
「アンドレア様は御承知だったんですね」
魔王の覚醒に間を置かず上司は姿を現した。
それはつまり、坂崎玲音が神へと変異する可能性があった事を知っていたという事だ。
知っていたからこそ、監視していたのだろう。
「可能性はありました。だからこそ、長らく放置されていたあの世界の神に貴方を任命したのです」
「魔王の神化を防ぐためにでしょうか?ですが――」
流石に神化の知識も無く、事情を知らなかった私にそれを望むのは無茶過ぎる。
対処させたいのなら、事前に説明しておくべきだ。
「いいえ、違います。然るべき状態になった場合、速やかに世界を消滅させる為です」
「へ?」
「世界の消滅は担当した神以外には行えません。ですから、事前に貴方を任命したのです」
「そんな……なんで?」
主神より資格を得ていない物が、神へと変異する事が問題だというのは分かる。
だがだからと言って、世界を滅ぼすなどありえない。
それは最後の手段のはずだ。
「神は不老にして不滅。これは貴方も知っていますね?」
「それは勿論です」
私も神の端くれだ。
神は永遠の存在であり、当然不老不死だという事は承知している。
「問題はその不滅故、神の力を持ってしても滅ぼす事が出来ない事です」
「それは理解しています。ですが主神様なら」
通常の神には無理だとしても、世界のすべてを司る全能者ならば話は別だ。
主神様なら神でも問題なく殺せるはず。
「確かに彼の御方ならば力の剥奪も可能でしょう。ですがそれには莫大なエネルギーを必要とし、一旦それを行えば神界――ひいては無数の世界全てに大きな影響が出かねません。その為、主神様に頼るのはあくまでも最後の手段なのです」
「……」
神では神を殺せない。
そして主神様の御力も借りられないとなれば……
「さて、話を戻しましょう。貴方も知っているとは思いますが、神を殺す方法は主神様の力を除けば2つです。1つは力の放棄」
力を放棄すれば神ではなくなるため、不死性は当然失われる。
我々神は主神様の忠実な僕だ。
もし力の放棄を命じられれば、皆黙ってそれに従うだろう。
だが彼女は――
「坂崎玲音は正気を失っています。現状では本人の意思による力の放棄は望めないでしょう。また、貴方はレベルがカンストすれば正気に戻ると考えていたようですが。神に変異した以上、それも不可能になりました」
神にもレベルはある。
寧ろ神のそのシステムを模倣して、あの世界の生物は作られていると言ってもいいだろう。
問題は必要経験値の量だ。
無限の時間と、究極の力を持つ神がレベルアップに必要とする経験値の量は膨大だ。
天人など目ではない程に。
仮に今のカオスを倒したとしても、神と化した坂崎玲音のレベルは1から2に、よくて3まで上がる程度である。
カンストには程遠い。
「経験値を求める彼女は世界の全ての命を奪い尽くし、そして別の世界へと旅立つでしょう。新たな
通常の生物は世界間の移動など出来ないが、神ならば容易い事だった。
経験値を求め、多くの世界の生命を狩り尽くす。
それはまさに破壊の権化といっていいだろう。
「ですので、被害が別の世界に及ぶ前に貴方の手で2つ目の方法――世界の消滅を実行して貰いたいのです」
世界は消滅する際、そこに内包するもの全てを消滅させる。
その崩壊のエネルギーの前には、不滅と言われている神すら耐えきれずに消滅してしまう。
「優しい貴方には辛い事でしょうが、数多ある世界を守る為です。どうか堪えて下さい」
数多の世界を守る……か。
その中には、私の担当する
だがそれも仕方のない事だ。
放っておいても、あの世界は確実に滅ぼされてしまうのだから。
「分かりました、アンドレア様。ですが……少し時間を下さい」
だけど私はまだ諦めるつもりはない。
私はカオスを――高田勇人という男を信じる。
「時間……ですか?」
「はい。高田勇人は、必ず魔王を正気に戻すと私に約束してくれました。私はその言葉を信じたいのです」
「……」
「もし彼が駄目だったなら、その時は私が責任を持ってハーレスを消滅させます。ですから、ですから……どうか時間を」
アンドレアス様は真剣な眼差しで私を見つめ。
そして「ふふふっ」と口元を押さえて急に笑い出す。
「アンドレア様?」
「ああ、ごめんなさい。いえ、若いっていいわねぇ。ふふ、分かったわ。貴方の想い人が頑張る時間位は、大目に見て上げましょう」
「お!想い人!?いや、そういうんじゃなくってですね!」
「いいからいいから」
アンドレア様は片手で口を押え、顔の横で手首を此方に何度も折り曲げる。
まるでそこらに居る人間のおばさんの様だ。
だが直ぐに彼女は真剣な表情に戻った。
「ですが、駄目だった時は分かっていますね」
「はい。分かっています」
なんとか時間は貰えた。
後は彼を信じて待つだけだ。
頼んだわよ。
カオス。
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