第111話 神化

「吹っ飛べ!」


「ぐわあああああ!!」


ブレスを真正面から突っ切り、俺はドラゴンの顔面を蹴り飛ばす。

蹴りをかまされた奴は盛大に吹っ飛び、地面に激突する。

体が半ばまで地中に埋まり足がぴくぴく痙攣しているが、一応手加減はしているので死ぬ事はないだろう。


「はぁぁぁぁぁ!!」


ベーアが独楽の様に旋回して此方へと突っ込んで来る。

俺はそれを片手で軽々と受け止めてみせた。

尤も、彼女も初めっからこんな攻撃が当たるとは思っていないだろう。


つまり――これは陽動だ。


「にん!」


「隙ありです!」


ベーアの背後から、姿と気配を完全に殺していたポーチとアーニュが飛び出し此方の首を狙う。

だが勿論俺に隙など無い。

空いているもう片方の手でアーニュの手を掴み、ポーチの幻妖剣を俺は歯で噛んで受け止めた。


「ふぁまぁいふぇ」


剣に噛みついているので上手く言葉が喋れない。

けどまあ意味は伝わってるだろう。


俺は3人を力任せに地上へとぶん投げた。

その際、重力を操る魔法を使用したので3人は受け身も取れずに地面に激突する。


「大丈夫か?」


俺は地上に降り、ベーア達3人をカオスヒールで急いで回復する。

うち一人――アーニュはアンデッドだが、俺のヒールは死者すらも癒す?ので特に問題は無い。


「流石は魔王様です。もう我々では手も足も出ませんわ」


アーニュが俺の顔をうっとりと眺めて、そう呟いた。

きっと俺が魔王として世界を征服し、自分が重要なポジションに納まっているという下らない妄想でもしているのだろう。


「ぬぅぅ、悔しいべ。もっと強くなりたいからもう一回変異させるべな」


「今のままでは父上のお役に立てそうにもありません。出来れば私も変異をお願いします」


ポーチとベーアのレベルは既にカンスト済みだ。

ここから更に強くなるには、スキルを引き継ぐ形でのクラスチェンジ――変異が必要だった。


「悪いけど、それはもうちょい先だ」


短期間に変異を繰り返した事によって玲音は心が壊れ、破壊の本能だけの魔王となってしまっている。

二人がそれと全く同じ道を辿るとまでは思わないが、頻繁に変異を繰り返せば精神に影響が出る事は疑いようがない。

なので変異させるにしても、肉体と精神の変化を完全に飲み込める――落ち着くだけの間隔をあける要があった。


「取り敢えず、皆との組手で上げるのはもう限界だな」


俺のレベルは97まで上がっている。

ほぼリーチ状態だ。

とは言え、ここから99までには相当な時間がかかる事になるだろう。


現在、俺は分身をスキルポイントで強化して使っていた。

生み出せる数は最大で4体。

分身は、生み出す数が増える程に俺の力は弱体化する仕様だ。


そして今の手合わせは、4体生み出した状態で行っていた。


超弱体&4対1。

それだけのハンデを付けて尚、簡単に勝ててしまう。

残念ながら、彼女達との手合わせで効率よくレベルを上げるのはもう限界だ。


「やれやれ、レベルカンストまでは長そうだ……」


「今の主ならば、本気を出せば魔王など敵では無かろう。無理にレベルを上げる必要はないのでは?」


地面に埋もれていたドラゴンが起き上り、のしのしと歩いてきた。

一応奴にもヒールをかけて回復しておいてやる。


「倒すだけ……ならまあそうだな」


魔王の強さはレベル80の俺と同等と想定している――乳神さまの言葉から。

なので倒すだけなら、もう問題なく勝てるレベルだろう。

だが目的は倒す事ではなく、鹵獲とその状態の維持だ。

只倒せばいいという訳ではない以上、レベルは高ければ高いほど好ましい。


それに、インキュバスに変異するという夢の到達点を目指すには、どちらにせよ99を目指してレベル上げは必須なのだ。

だからレベル上げを切り上げるという選択肢は、俺にはない。


「けど、只倒せばいいだけじゃ――って、なんだぁ!?」


背筋に猛烈な寒気が走り、思わず変な声を上げてしまった。

凄く嫌な感じだ。

俺が慌てて振り返ると、月明りに向かって光の柱が伸びているのが見えた。


それは帝国。

深淵の洞窟がある方角だった。


「なんだべ?」


「父上、あの光は一体?」


「魔王……か」


方角的にはそうとしか考えられなかった。

だがおかしい。

以前結界に近寄った際、俺はそこから漏れ出るあいつの力を感じている。


だがあの光の柱から感じる物は、明かにその時感じた物とは別物だった。


何より、俺の本能が囁いている。

いや、囁くなんてレベルじゃない。

まるで体の中で銅鑼が鳴らされるているかの様に、鼓動が早鐘となって俺を打つ。


「マジかよ……」


――戦えば確実に死ぬ。


それが俺の本能が導き出した答えだった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「そんな!!」


地上の……蘇った魔王を見て私は思わず大声を上げる。


「そんな馬鹿な事が……」


我が目を疑う。

それはあり得ない事だった


あり得る筈がない……


だが間違いは無かった。

私の眼にはハッキリとその姿が映っている。


神――そう、経験値を求める破壊の神へと変貌した魔王の姿が。


そしてその変化は、避けようのない世界の滅びを意味していた。

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