第107話 生贄
「うわーん、乳えもん!魔王のスピードを超えたいから、効率のいい狩場を教えてよ!」
「なんだいカオ太君。魔王にいじめられたのかい?」
低い声を作って返事をしてから私は後悔する。
とてつもなく馬鹿な真似をした、と。
彼もまさか自分の行動に乗って来るとは思わなかったのだろう。
その場で固まり、私達の間に気まずい空気が流れた。
「おほん……」
少し間を置いてから、カオスが真面目な表情で尋ねて来る。
「えーっと……玲音が魔王なの、乳神様は知ってたんですか?」
魔王はカオスの幼馴染、坂崎玲音で間違いない。
そしてだからこそ、私は高田勇人を転生させたのだ。
この世界の担当となって、そこに眠る魔王の事を知った時、私はそれを運命だと思った。
かつて私を救ってくれた高田勇人。
そして魔王となってしまった、その幼馴染。
それは偶然ではなく、運命の引き起こした奇跡だと。
――彼なら魔王を滅するのではなく、救ってくれるのではないかと。
そんな期待から、速攻転生の手続きを行ったわけだが……
その過程で高田勇人の記憶を読んで、彼がどうしようもない男だと気づいた時にはもう後の祭り。
転生を取り消せない状況になっていた。
正に痛恨のミスである。
「ええ」
私はカオスの眼を見つめ、ハッキリと返事する。
すると彼が私の眼を真っすぐに見つめ返した。
――それは初めての事だった。
彼が私の胸ではなく、目を見て話すのは。
明かに普段とは違う。
魔王の周りを24時間ダッシュする様を見た時、何をやってるんだこの馬鹿はと思ったが、天界に精神を呼んで彼の感情に触れて気付く。
彼自身、混乱している事に。
あのダッシュも本当に胸を見ようとしていたのではなく、きっとどうすればいいのか分からない胸のもやもやを吐き出し、自分の心を落ち着かせる為の物だったのだろう。
「何で教えてくれなかったんです?」
「転生者に、他の転生者の情報を教える事は禁じられてるのよ」
世界を担当するにあたって、神には多くの制約が課せられる。
そのため、自分の思った様に好き放題は出来ないのだ。
いや、それどころかほとんど何もできないと言ってもいいだろう。
――神は世界に大きく干渉する事が出来ない。
世界はそこに住む者達の営みで進んでいくものであるという観点から、私達神は、世界に過度に干渉する事を強く禁じられているのだ。
その為、神に出来る事は世界環境の維持と、稀に転生者を送る事のみであった。
「ぬう、個人情報保護か……」
「ま、そんな所よ」
我々神は、あくまでも観測者に徹しなければならないのだ。
世界に大きく干渉する行為はタブーであり。
破れば神としての資格を剥奪され、抹消される。
――そう、かつて魔王を封印した女神アイルーの様に。
私の前任者である女神アイルーは世界を救うため、魔王を封印し、そして処分された。
例え世界を守る為であったとしも、それは決して許されない
「それと、最初の質問の答えだけど。魔王の封印されている場所以上の狩場は無いわ」
現在、カオスのレベルは72。
例え変身していても、あそこ以上の狩場は存在しないだろう。
それ所か、あそこ以外ではもう殆どレベルは上がらないと言ってもいい。
「でもあそこの魔物って狩り尽くしてるんですけど?」
「その内湧いて出て来るわよ」
私は投げやりに答えた。
「俺、玲音の奴を止めたいんです。その為にもレベルを上げなくっちゃならない。どうかお願いします」
カオスがそう言って頭を下げる。
だが、ない物はないのだ。
「悪いけど、冗談抜きであそこ以上の場所はないのよ。私には頑張ってとしか言いようが無いわ」
魔王である玲音を止めるだけなら、実はもう条件は揃っていた。
彼女は経験値を求めて暴れている。
ならばそれを必要としなくなれば、彼女は止まるだろう。
そう、彼女のレベルをカンストさせてやればいいのだ。
現在彼女は亜人種である天人で、そのレベルは98だ。
天人は特殊な生体であるため、98から99の区間に必要とされる経験値が桁違いに多くなる種族だった。
その為、99に上がる為に必要な経験値は1京1000兆と出鱈目――最強種の
ドラゴンが99に上がるまでの総経験値の約1000倍――に必要になる。
これは異世界の全てを蹂躙しても到達しえない数字だ。
だが一つだけ、彼女のレベルをMAXにする方法があった。
それがカオスだ。
私が出鱈目に強化した彼から取得できる経験値の量は他の種と一線を画し、さらにレベルペナルティも発生しない。
レベル70のカオスを倒した際に得られる経験値は1京1000兆を超える。
つまりカオスが魔王に負けて死ねば、自動的に魔王は止まる事になる。
これは高田勇人がどうしようもないダメ人間と知り、私が意図的に駆けた保険だった。
彼がレベルを上げて魔王を倒すのが理想ではある。
だが恐らく、魔王復活までに最低限真面に戦えるであろうレベル80に上げるのは至難の業だ。
だから彼には英雄になって貰う。
そう、命と引き換えに世界を救う英雄に。
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