第103話 救世主

「夜分遅くすまんな」


「いえ、お気になさらずに」


本当は眠いのでさっさと眠りにつきたい所だったのだが、相手が皇帝ではぞんざいに扱う訳にも行かない。

僕は向かいのソファに着き、用件を尋ねる。


「それで陛下、御用件とは?」


「あの男の事だ」


「あの男?」


言われて僕は首を捻る。

あの男の事と言われて予想はついていたが、何となくとぼけて見た。


「下らん芝居はよせ。カオスの事だ」


「ああ、彼ですか。私はてっきり、ベーアさんの事で伺われたのかと思いましたよ」


「彼女については諦めると言ったはずだが?」


「本気ですか?」


「勿論嘘に決まっておろう?王とは嘘を吐く生き物だぞ」


だと思った。

真実だけを口にしていては、国のトップなど務まらない。

相手を喜ばせたり、油断させるためなら平気で嘘を吐く。

王たる者、それくらい出来なければ。


「それで?彼の何を知りたいんですか?」


彼の事について、ある程度の情報は既に調は付いている筈だ。

聞きたいのは調べて直ぐに分かる表層的な事ではなく、カオスの根幹に迫る話だろう。

だがそれを僕から口にする様な真似はしない。


何故なら――


僕は勿体付けるのが大好きだからだ。


「天才錬金術師たる貴様も気づいておろう。あの男の異質さに」


勿論気付いている。

なにせ初対面の際、アナライズでその構成材質を確認しているのだから。


これは別に彼に限った話ではない。

魔物の中には人に化ける者もいる。

そういった対策で、僕は自分に関わる者全てをアナライズで確認していた。


「まあ、それは。しかし陛下はどうして気づかれたのです」


見た目は完全に普通の人間だ。

僕の様に解析したのならいざ知らず、そう言った能力スキルを持たない筈の陛下が何故それに気づいたのか気になった。


「竜人としての勘だ。あれを見た瞬間、背筋に寒気が走った」


「勘……ですか?」


「おかしいと思うか?」


「いえ」


勘を侮るつもりはない。

特に亜人である陛下の勘は、人間のそれを遥かに超える別物だ。


だが勘は何処まで行っても勘でしかない。

確信に迫る事がないからこそ、陛下は態々僕を訪ねてきたのだろう。


「単刀直入に聞く、あれは人間では無かろう?隠し事なく答えよ」


それまでのフランクな雰囲気が一変し、陛下の視線が真剣みを帯びる。

どうやら腹の探り合いおあそびはお終いの様だ。

此処からは迂闊に隠し事をすると、後で手酷いしっぺ返しを受ける事になるだろう。


「彼を解析アナライズした所、明らかに構成材質が人間のそれとはかけ離れていました」


「ほう、それで?」


「正体は不明です」


解析した結果、人間でないのは確実だった。

だが分かったのはそこまで。


何故なら、彼を構成する物質は――


「解析した結果分かったのは、彼の体の大半が未知の物質で構成されていると言う事だけです」


解析不能アンノウン

知識としての不明ではなく、スキルがたたき出した不明。

それは本来この世界に存在しない物質であることを示す。


つまりカオスは……


「予想できるのは、別の世界――異世界からの来訪者。もしくは神が新たに生み出した生物なのかもしれません」


既存の生物が何らかの変異を起こし、生まれたと言う可能性はまあ無いだろう。

アンノウウンと一纏めにしてはいるが、不明物質の中には性質の違う物が何種類も混ざりあっていた。

幾らなんでも既存の生物からの変化で、あんな者が生まれて来るとは思えない。


それなら異世界から来た。

ないし、神が新たに生み出した可能性の方が遥かに高いだろう。


「異世界。そんな物が本当に存在すると?」


「僕にはなんとも、あくまでも推測でしかありませんので」


異世界の存在については答えようがない。

僕の錬金術では、知りようのない分野だからだ。


「有るか無いか分からない異世界よりも、神が新たに生み出した者であると考えた方が自然か」


神は存在していると僕達は思っている。

1000年近く前、魔王を封印したそれは間違いなく神と呼ばれる存在だった。

何せ魔王を封印し、滅ぼされた多くの命を救うと言う離れ業までやってのけているのだ。


――それが神でなければ、一体何だと言うのか?


それ自体が与太の伝承という可能性もあったが、その可能性は世界各地に残っている共通の文献によって否定される。

作り話が世界共通で残っているとは考えられない。


「神が作った物だとして、このタイミングだ。パマソーよ、お前はどう思う?」


タイミングとは、まあ魔王の復活の事だろう。


「どう、と申されましても」


魔王の復活は近い。

それは間違いなかった。

これは勘の類ではなく、錬金術の力による計測から確定している事実だ。


魔王の波動、その復活の息吹は確実に強まっていた。


その事は当然皇帝である陛下には伝えてある。

だから陛下は、僕に自分専用の武器を作らせた。

有事の際、皇帝は先陣をきって魔王と戦うつもりなのだ。


「このタイミングで、神によって生み出された超常の存在。まるで魔王と戦うために遣わされた、救世主の様だとは思わんか?それとも、余のこの考えをロマンチストだとお前は笑うか?」


「笑いは致しません。ですが、希望的楽観を持つのは早計かと」


そう考えたい気持ちも分からなくはない。

陛下は魔王と戦うため兵力増強に努めてはいるが、各国の反応は冷めたものだった。

勿論魔王が近い将来復活する旨は、各国に通達してある。

だが皆一様に神の封印を過信し、陛下の言葉を妄言として真剣に取り合おうとしないのだ。


「確かに陛下が感じられた通り、あの者の強さは出鱈目な物だとは思います。ですが、世界を滅ぼしかけた魔王を倒すだけの力を彼が有しているとは流石に……」


僕は戦闘のプロフェッショナルではない。

だがそれでも、何となくだが分かる。

彼では魔王には届かないと。


「ふ、そうだな。期待を元に判断するなど、国のトップがする事ではない。とにかく、今はあの者の報告を待つとしよう。奴が最下層に辿り着き、その封印が解けかけている事を証明してくれれば各国の反応も少しは変わろう」


「そうですね」


「夜分長々と邪魔したな」


そう言うと陛下は席を立ち、部屋を後にする。


「救世主……か」


彼がそうであってくれたならばと、僕もそうは思う。

だがあんな乳乳言ってる人物が、世界を救う英雄になるとは到底思えない。


「そう言えば、魔王は女天使の姿をしているんだっけか」


文献では、魔王は翼の生えた美しい女性の姿をしていたと記されている。


胸の部分は特に記載されていなかったが、もし魔王が巨乳だった場合、胸に気を取られてカオスは真面に戦う事も出来ないのではないか?

その場合、世界を救うどころか対魔王用の戦力にすらならない気が……


「まあいくら巨乳好きでも、流石に命のやり取り中相手の胸に気を取られる訳は無いか」


流石にそれはないと、頭に浮かんだ馬鹿な考えを僕は笑う。


「さて、寝るとしよう」


皇帝の来訪で遅くなってしまった。

メイドの出してくれたお茶を一口すすり、寝室へと向かう。


寝て起きたら魔王が倒されているといいな。

そんな都合のいい願望を抱え、僕はふかふかのベッドの上で微睡に落ちていく。

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