第102話 黒歴史
私は他人が嫌いだった。
男性は厭らしい目つきで私の胸元を盗み見し、女性には陰で男を誘っていると陰口を叩かれる。
私の事を胸でしか判断しない、そんな周りの人間が大っ嫌いだった。
――あの日も、この胸のせいで私は命の危機に瀕していた。
通帳の記帳に偶々立ち寄った銀行で強盗に出くわし、逃げ損ねた強盗が警官隊への見せしめとして私を撃ち殺そうとしたのだ。
複数いた人質の中から私が選ばれたのは、この胸のせいだった。
強盗の付き合っていた元彼女の胸が大きかったらしく、その女性にこっぴどく振られて以来転落人生を歩んで来たそうだ。
――それは私にはまったく関係ない話。
ただ胸が大きいと言う共通点があるだけ。
それだけで私は死ぬ。
そう思うと悔しくて仕方がなかった。
望んでこうなったわけじゃないのに……
「死ね!」
「巨乳は俺が守る!」
だがそんな私に救世主が現れる。
勇敢で高潔な彼は身を挺して私を守り、そして命を落とした。
銃で撃たれたにもかかわらず、彼のその死に顔はとても爽やかな物だった。
今でも私はそれを覚えている。
そこからだ。
私の人生が変わったのは。
考え方を。
価値観を。
そしてこの世界の素晴らしさを、彼は私に教えてくれた。
私は彼の様に高潔に生きる事を誓い。
その後の人生を、悔いのない充実した物として過ごす。
そして死後、神によってその生き方を認められ。
以後、私は天界に天使として働く事を許される様になる。
それから九百と数十年。
天使として仕事に励み続けた私はその働きが認められ、女神に昇進する。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「はぁ……嫌な夢を見たもんだわ」
神も睡眠をとる。
そして夢も。
ベッドから体を起こし、私は大きく溜息を吐いた。
それは今の自分を形成した過去。
だがそれと同時に、忘れ去りたくて仕方がない黒歴史でもあった。
「まさかあんなしょうもない男だったなんて……」
私が英雄視し、生き方に影響を受けた男は只の人間だった。
決して勇敢でも、ましてや高潔などとは程遠い。
只の人間。
いや、それどころか。
彼は私がかつて嫌っていた人間の、悪い所を濃縮した人物とさえ言って良かった。
「結果的に女神にはなれたけど、もう感謝する気持ちは微塵も湧いてこないわね」
私は起き上がり、地上の様子を確認する。
正直彼にはあまり期待していなかったので、その行動を確認するのは久しぶりの事だった。
「あ!魔王の封印近くでレベル上げしてるじゃない!?」
これは良い傾向だ。
ひょとしたら、彼も本腰を入れて魔王退治に取り掛かったのかもしれないと期待する。
「頑張ってよね。
とは言え魔王は彼の…………
まあ考えても仕方がない事か。
賽はもう、とっくに投げてしまっているのだ。
後はなる様にしかならないだろう。
私は観察を早々に切り上げ、女神としての教務を始めるのだった。
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