第95話 立ってなかった

ベヒモスの前足による横薙ぎの一撃に俺は剣を合わせる。

だがその巨体から繰り出される攻撃は強烈だ。

万全の状態なら兎も角、もはや満身創痍の体にそれを受けきるだけの力は残されていない。


「ぐうぅ!」


堪え切れず、俺は勢いよく弾き飛ばされてしまう。


「くそ……俺は……まだ……」


地面を転がり、全身に鋭い痛みが走った。

だが俺は歯を食い縛り、剣を杖の様にして体を支えてなんとか起き上る。


痛みと疲労で体の震えが止まらない。

もはや剣を握り、構える事すら出来なかった。

そんな俺に、ベヒモスは容赦なく突っ込んで来る。


ああ、俺は死ぬな。

これは確実に。


そう覚悟する。


「……すまない、皆」


俺は仲間達への謝罪の言葉を口にする。

リーダーとしての自分の判断ミスで、道連れになる仲間達には謝っても謝り切れない。

もしあの世がると言うのなら、そこで土下座でも何でもして許しを請うとしよう。


「ポーチさん……」


ベヒモスの巨体が眼前に迫る。


最後に思うのはあの人の事だ。

愛する女性ポーチさんに、もう一目だけでも会いたかった。

会って自分の気持ちを伝えたかった。


だがそれももう敵わぬ夢だ。


「さよなら。大好きでした」


ベヒモスの動きが俺の目の前で止まる。

此方が動けない事を察したのだろう、

奴は大きな顎を開いた。

どうやら、弱り切った俺を丸飲みにするつもりの様だ。


これまで冒険者として雄々しく生きて来た。

最後までそうあろうと、俺はベヒモスを睨み付ける。


さあ、俺を殺してみ――


「しぬべ!!」


女性の声。

次の瞬間、目前のベヒモスが突如弾き飛ばされた。

吹っ飛んだ奴は、轟音を立てながらは地面を勢いよく転がっていく。


「君……は」


俺の目の前に……背から蝙蝠の様な翼を生やした亜人。

ゴスロリの少女ベーアが仁王立ちしていた。


「なん……で……君が」


余りにも現実離れした光景に、幻かと思い、俺は恐る恐る手を伸ばす。

だがその指先が彼女に触れた瞬間。


「邪魔だべ!あっちいってろ!」


思いっきり蹴り飛ばされてしまった。


「がっ……ぐが……」


腹に感じる痛みは本物だった。

どうやら幻ではない様だ。


「アレク!」


アレサの悲鳴が耳に届く。

痛みに閉じていた眼を開くと、俺に向かって大剣を振り下ろそうとするトロールの姿が目に飛び込んで来た。

どうやら運悪く、トロールの足元に蹴り飛ばされてしまった様だ。


咄嗟に剣で受け止めようとしたが、手に剣の感触はない。

蹴られた衝撃で手放してしまっていた様だ。


「くそ……こんなのありかよ……」


折角救って貰った命だと言うのに。

その相手に蹴られたせいで、結局命を落とす事になるなど笑い話にもならない。


――だがその時、奇跡が起きた。


「にんにん」


間抜けな最後の瞬間を迎える俺に、神が憐れんで幻覚を見せてくれたのだろうか?


美しくたなびく白銀の髪。

紺色をした着物の様な装束を身に纏い。

口元を布で覆ってはいるが、月の女神を彷彿とさせるその美しい顔立ちは隠しきれていない女性。


――そう、そこには俺の愛する人の姿があった。


彼女の手にした虹色に美しく輝く剣。

その軌道が同時に複数の曲線を描いた。

幻想的なまでに美しいその太刀は、瞬く間にトロールの腕と首を切り落とし、無慈悲にその命を刈り取ってしまう。


……美しい。


トロールの体から飛沫が舞い。

俺の頬を濡らした。

その感触と、全身の痛みがこれが現実であると俺に伝えて来る。


そう、これは幻ではない。


彼女はまごう事無く――


「ポ……ポーチさん!!」


俺は感極まって叫び、疲労や痛みなど忘れてその場に跳ね起きた。

愛する女性に無様な姿を晒すわけには行かない。

男は見栄を張ってなんぼだ。


「動かれると邪魔で御座る。にんにん」


視線が急に天井を映した。


あれ?

何が起きた?


訳が分からず、呆然としていると――


「ちっ!」


今度は舌打ちが聞こえて来た。

起き上って其方に目をやると、そこには義理の父(仮)カオスの姿があった。


その手には何故か俺達の雇い主であるパーマソー・グレンを抱えており、肩には見た事のない魔物が二匹。

そしてその首には、見た事のある少女がぶら下がっていた。


「ちっ!」


カオスは俺を見つめ、再び舌打ちをする。

その表情は明かに彼の不機嫌を示していた。


何がいったい彼を不機嫌にさせているのだろうか?


「あの――」


口を開こうとした瞬間、ドーンと豪音が響く。

驚いて其方に視線をやると、ゴスロリ少女とベヒモスががっぷり四つで

組み合っているのが見えた。

その直ぐ傍では、ポーチさんが舞う様にフライングオーク共を翻弄している。


余りに非現実的な状況の連続に、冗談のきつい夢でも見ている気分だ。


――その後、決着は直ぐについた。


少女ベーアがベヒモスの巨体を空中に放り投げ、ジャンプして錐もみ状に旋回しながら突っ込んでその体を貫き。

ポーチさんの生み出した無数の刃が、空を飛ぶ豚どもの体を切り裂いて。


こうして俺達疾風怒濤はポーチさん達の助けによって、奇跡的な生存を果たす事となる。


その事から俺は強く確信した。

これは俺とポーチさんとを結ぶ、赤い糸が起こした奇跡なのだと。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


次回!


「アレク散る!」


乞うご期待ください!

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