第92話 Sランクパーティー
「回収しました!」
「よし!撤退するぞ」
ドルイドであるパーティーメンバーが、土魔法で壁面に埋もれていた鉱物を回収してそれを掲げた。
俺達はそれを合図に、対峙する魔物を牽制しながら撤退を始める。
ここは
ルグラント帝国の北部にある、魔王を封じたとされているダンジョンだ。
このダンジョンに来た理由は二つ。
一つはクエストの依頼だ。
天才錬金術師と呼ばれるパマソー・グレン直々の依頼であり。
しかも皇帝から受けた依頼に関わるものとなれば、成功時の報酬は勿論の事、上手くすれば皇帝――とまではいかなくとも、高位貴族や官僚に名を売る事が出来る可能性のある美味しい仕事と言えた。
もう一つは魔王について調べる為だった。
この洞窟の最奥には、女神アイルーの力によって封じられた魔王が眠っていると言われている。
俺はそれを調べて確かめたかったのだ。
あの時出会った魔物。
だが――
「くそっ、新手かよ!」
ダンジョン内の長い通路を撤退のため駆けていると、先行していたシーフ――ジャンが前方に敵を発見して声を上げる。
俺にはまだ見えてはいないが、ハンターとしても優秀なジャンの索敵能力が捉えたのならば間違いないだろう。
「何体だ!? 」
「トロール9体です!」
その報告を聞き、俺は内心舌打ちをする。
トロールは動きの遅いパワータイプだ。
上級モンスターではあるが、俺達のパーティーにとって9匹程度なら問題なく処理できる相手と言っていいだろう。
だが奴らは非常に打たれ強く、その驚異の回復力と合わせてとんでもなくしぶとい。
背後から追われているこの状況下で相手にすれば、確実に挟み撃ちにされてしまうだろう。
それは絶対に避けたかった。
「トロールは此方に気づいているか!?」
「恐らくまだ気づいていません!」
殿を務めていた俺は背後をちらりと見やる。
脚力増強の強化魔法と、ドルイドの魔法による風の加護。
この二つを受けて大分距離を引き離してはいるが、最上級モンスター三体は未だしつこく此方を追ってきていた。
「ストップ!此処で迎撃するぞ!」
号令をかけて皆の足を止める。
正直、最上級モンスター三体を相手にするのは相当厳しい。
だが、それでもオークと合わせて挟撃されるより条件は遥かにましだろう。
「悪いな。キティ、ララ」
俺は今回のクエストに当たって、組んでいた二人に謝る。
彼女達のチーム「キャットタイガー」はBクラス。
戦闘能力で考えるならば、この場には不釣り合いな存在だった。
今回そんな彼女達と組んでいる最大の理由は、ララが持つユニークスキル・鉱物探索能力を当てにしての事だ。
俺達疾風怒濤が魔物を蹴散らし、ララがそのスキルでアダマンタイトを探索する。
そういう契約の元、共同でクエストに当たっていた。
本来ならば彼女達は戦いに参加せず、その安全を俺達が確保すると言う約束なのだが。
この全滅すらもあり得る状況下でそれを完璧に実行するのは難しい。
だから俺は謝る。
最悪、優先的に彼女達を見捨てる事になる事を。
「気にしないでください、アレクさん。私達も冒険者の端くれです。仕事を受ける際、最悪の事態も想定しているので、覚悟の上です」
「そうそう。大体自分の身ぐらい、自分で守って見せるって」
双子の獣人姉妹が腰からダガーを引き抜き構えた。
だが最上級モンスターを相手するには、それは武器としては余りにも弱弱しく。
カタカタとその細腕が震えているのが分かる。
その強気の発言は、此方に気負わせない様にする為の気づかいなのだろう。
強い子達だ。
「出来うる限り努力はする。シーザ、消音を頼む!」
「うむ」
頭髪の禿げあがった褐色の男――シーザは杖を掲げ、静かに詠唱を始めた。
その身にはくすんだオレンジ色のローブを身に纏い、その額には円と線が組み合わされた青い入れ墨が彫り込まれている。
それは大地の精霊への信仰を表すものだ。
「サイレンス!」
彼がその手にした杖を掲げ、魔法を発動させる。
その瞬間、周囲から音が消えてなくなり静寂が辺りを支配した。
これで戦闘音でオーク達に気づかれる心配はなくなるだろう。
3体の最上級モンスターはもう目前まで迫っていた。
赤黒い鎖の様な姿の
全身を赤い豪毛に包まれたブラッディ・ミノタウロスは、その両手に握った
そしてその上空には、黒いローブに身を包み、赤黒い水晶をその手に握るリッチ・キングの姿があった。
本来同族や系列、近似種としか魔物は行動を共にしない。
だが何故かこのダンジョン内にいるモンスター達は、異種族間でも協力して人間を排除しようと動いて来る。
そのせいでこんな危機的状況に陥っているのだから、迷惑極まりない話だ。
俺と重戦士のウォーテスが前に出た。
重戦士のウォーテスは全身を分厚いフルプレートに包まれており、その手には巨大なタワーシールドと、斧に近い形状の巨大なハルバートが握られている。
彼は見た目通りのパワーファイターであるため、ブラッディ・ミノタウロスの突進は彼に受け止めて貰う事になるだろう。
俺の背後ではシーフのジャンが弓を構え、魔法で生み出した矢を番える。
彼はシーフであると同時に優秀なハンターであり、遠近共に戦える優秀な仲間だ。
だが色々出来る反面、尖った戦いには向いていない。
今回は最上級の魔物が相手なので、彼にはバイプレイヤーに徹して貰う事になるだろう。
「来るぞ!」
リッチ・キングが
だがそれは女魔術師であるアレサの防御魔法――サイレンスで音は消えても、魔法の詠唱自体は出来る――により阻害され、空中で爆散する。
魔法の爆発で大気が震え、熱波が俺の肌を焦がす。
とてつもなく強烈な魔法だ。
リッチ・キングクラスの――しかも最上級――魔法は、本来人間の力量で防げるような物では無かった。
アレサは卓越した魔導師であるが、それでも独力で防ぐのは不可能に近いだろう。
それを可能としたのが、彼女の手にある
この杖は伝説級の武具であり、パーティー強化の為彼女に買い与えたのだが、その判断は大正解だった。
今の一撃を防げるかどうかで、パーティーの命運は大きく左右していた筈だ。
「ふん!」
シーザーのがその手を前に突き出すと、空気が変わる。
前方の空間が僅かに歪み、魔物達の動きが鈍った。
ドルイドであるシーザの魔法、プレッシャーだ。
これは前方の空気の密度を圧縮する事で、まるで水中にでもいるかの様に相手の動きを鈍らせる効果がある。
持続は利かないため効果はほんの一瞬だが、それでも十分だ。
俺は紅蓮剣を振るう。
敵まではまだ距離があるが問題ない。
剣からオーラが噴き出し、旋風となって悪魔の鎖を大きく吹き飛ばす。
硬い表皮をしているため大したダメージを与えてはいないが、ミノタウロスと引き離す事な事が目的なので、その役割は十分果たしている。
更にジャンが聖なる矢を放ち、リッチキングを牽制してその動きを止めた。
纏まっていた敵の位置はズレ。
分断に成功した事にほっと胸を撫でおろす。
これが失敗していたら、接触の時点で死者が出ていた可能性すらあった。
先ずは集中砲火でミノタウロスを倒す。
俺は片手を掲げ、全体にハンドサインを送り。
すぐさま目を閉じた。
瞼の裏が真っ赤に染まる。
プリーストであるケストの
強烈な光はミノタウロスの視界を焼く。
だが奴はそのまま動きを止めず突っ込んできた。
視界が聞かないためか狙いは出鱈目だが、突進からの戦斧による横薙ぎは範囲が広く、掠っただけでも大ダメージとなる。
なので依然危険である事に変わりはない。
「ふんぬっ!!」
その一撃を、前に飛び出したウォーテスが受け止める。
最上級モンスターによる強烈な一撃ではあるが、目測が出鱈目だったお陰で根元で受ける事が出来たのが大きい。
彼は一人でその動きを見事に止めて見せた。
「はぁっ!!」
俺は素早く奴の背後に周り、がら空きの背へと一撃を叩き込む。
まるで鋼に切りつけたかのような硬い感触。
だが俺は裂帛の気合と共に紅蓮剣を振り抜いた。
怒りに紅く目を染めたミノタウロスが振り返る。
もう視界の方は回復している様だが、この状況まで持ち込めれば此方の物だ。
この世で最も強力な攻撃。
それは何か?
――不意打ちだ。
予期せぬ攻撃程恐ろしい物はない。
そしてその次に強力なのが挟撃だ。
奴はその恐ろしさを、死を持って知る事になるだろう。
俺の方へ振り返った瞬間、ウォーテスのハルバートが奴の肩に食い込み、痛みでミノタウロスの動きが止まる。
その隙に、俺は全力を籠めた突きを奴の首元目掛けて突き込んだ。
硬い。
だが確かな手応えと共に、俺の剣が奴の喉笛を深く抉る。
如何に強靭な肉体を持っていようとも、大抵の場合、その喉元は柔らかくできている物だ。
それはブラッディ・バーサカーも同じ。
俺の剣が完全に奴の喉元を貫き通した。
背後から魔法の爆風が俺の背中を炙る。
リッチ・キングの魔法をアレサが止めてくれたのだろう。
俺は仲間を信じ、振り返る事無く力を籠めて、剣をミノタウロスの首から腹部へと力いっぱい抉り下ろした。
「ぐぇ……ぁぅ……」
剣を抜くと、奴の腹部から勢いよく臓物が飛び散る。
剣にかかっていたミノタウロスの両手がだらりとたれ落ち、その場で崩れ落ちた。
先ずは一匹。
この調子で残りの敵も始末する。
俺は振り返り、すぐそこにまで迫って来ていたデモンズ・チェーンに切りかかった。
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