第86話 育ち盛り

「行くのじゃ!ティラ!」


「ぎゃお!」


私の掛け声に合わせ、ティラが魔物に突進する。

魔物の名はライトタイガー。

森林地帯に生息する希少モンスターだ。


クエストのターゲットとは関係ないが、このモンスターの骨は希少素材らしい。

見つけたらついでに取ってきて欲しいとカオスに言われていた物だ。


「ぐぉおおお!」


ライトタイガーが突っ込んで来るティラに鋭い爪を振るう。

とんでもないスピードだが、ティラはそれを容易く躱しその喉笛に喰らい付く。

そしてそのままデスロールで肉を抉り、タイガーの白く美しい毛並みを真っ赤な血の色に染め上げる。


「ぐぅぅ」


肉を食いちぎり、着地したティラを奴は再び爪で襲う。

その眼は興奮に赤く染まり。

激しい怒りからか、ライトタイガーはティラのみに意識を集中する。


「チャンスじゃ!ケラーよ!」


私の声に応え、上空で待機していたケラーが急降下して虎の背に喰らい付いた。

この手の魔物の弱点は、死角となる背後と相場は決まっている。

ティラが隙を作り、ケラが弱点を突く。

我ながら完璧な作戦だった。


カオスに言ったらきっと良い子良い子してくれる事だろう。


「があああああぁぁぁぁ!!」


タイガーは背に噛みついたケラーを振り落とそうと、もがき暴れる。

だがドラゴンの強靭な咢はそれを許さない。

痺れを切らした奴はひっくり返り、噛みついているケラーを地面に擦り付けてはがそうと回転しだす。


だがその行動は余りにもおろかだ。

敵が一体なら兎も角、此方にはティラも居る。

そんな状態で、致命的な弱点である柔らかな腹部を晒す様な真似をすればどうなるか火を見るより明らかだろう。


「ティラ!」


私が指示するよりも早く、ティラは仰向けになった瞬間のむき出しの腹部に喰らい付く。

これには相当応えたのか、虎が足を使って腹部に張り付いたティラを剥がそうとする。


「ぐおぁあぁぁ!!」


だがティラは素早くデスロールで腹に肉を食いちぎり、タイガーの爪を躱わす。


「ぐぅぅぅぅ」


背中のケラーより、ティラに腹部を狙われ続ける方が危険と感じたのか、タイガーはゆっくりと起き上ってくる。

だがその姿はもう息も絶え絶えだ。

腹部からは大量の血と、はみ出した臓物が垂れている。

もう真面に動く力も残っていないだろう。


「すまん」


私はライトタイガーに謝る。

ティラとケラーのブレスを使えば、苦しめる事無くもっと楽に始末してやる事も出来た。


だがドラゴンのブレスは強烈である。

下手をすれば素材まで燃え尽きかねない。

だから手間取ると分かっていても、肉弾戦で戦っていたのだ。


「ティラ」


魔物とは言え生物。

それを無意味に嬲るのは気が進まない。

一気にトドメをさしてやらないと。


私の声に従い、よろめくタイガーの首元にティラが噛みつく。

それに合わせて背中に噛みついていたケラーも首に噛みつきなおした。


そしてダブルでデスロールする。

その命を一気に刈り取る為に。


「が……」


ダブルデスロールを喰らい、短い呻き声を上げてタイガーが地に伏す。


「錬金術師になるためとはいえ、こういうのはやっぱりあまり楽しくないのう」


生きるため、強くなるために他者を殺すのはごく自然な摂理だ。

だが自分より弱い者の命を無慈悲に刈り取るという行為は、あまり気分がいい物では無かった。


私は腰に下げてあるナイフに手をやり、タイガーの遺体に近づいた。

解体する為だ。


「私が代わりにしてもいいでござるよ?」


どうやら解体を嫌っての発言とポーチは勘違いした様だ。


「いや、大丈夫じゃ。妾がやる」


まあ解体が楽しくないのも事実ではあるが、手に掛けたのは自分だ。

嫌な仕事だけポーチに押し付けるわけには行かない。

遺体に齧りついているティラとケラーに待てをかけ、私はその腹部を切り裂いた。


素材になるのは、心臓を守る為魔力が満ちている胸骨だけだ。

私は軟骨部分を解体ナイフで削り、あばらを取り出した。


「良いぞ」


待ってましたとばかりに、ティラとケラーが遺体に飛びついた。

この2体は食欲旺盛で物凄くよく食べる。

明かに体の体積を越えるレベルで。


食べたものが一体どこに消えているのか不思議でしょうがない。


「しかし、我ながら情けない」


森の民たるエルフは狩猟民族だ。

私はその中で、森の民として100年生きて来た。

いや、生きて来たつもりだった。


だが現実問題、魔物1匹狩るのですら憂鬱な気分に陥ってしまう。

こんな体たらくでは、森の民だなどと口が裂けても言えない。


「妾は守られてきたのじゃなぁ」


森に居た頃はエルフ達が、生きる事の残酷な部分から妾を守ってくれていたのだとしみじみと感じる。

だがもう自分を守ってくれるエルフはニーアしかいない。

その彼女にだって、いつまでも守って貰っているわけには行かないのだ。


「妾は強くならねばならん」


命をかけて自分を守ってくれたエルフ達の為に。

今も自分を気にかけて、守ってくれようとするニーアの為に。

そして自分を救ってくれた勇者カオスへの恩に報いる為にも。


「よーし!極めるぞ!錬金術を!」


決意を新たに拳を天に突き上げた。

そんな私を、食事を終えたティラとケラーが不思議そうに見つめる。


早!

ライトタイガーの体長は軽く4メートルはあった。

なのに遺体のあった場所を見ると、もう骨すら残っていない。


あの巨体を1分足らずで平らげるとか……本当にドラゴンは規格外だ。

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