第78話 贈り物

「お初にお目にかかります。聖王女様」


面会の場に聖王女が現れたので、私は腰掛けていたソファから立ち上がり一礼する。


「態々魔物領よりよく来てくれた。私に用があって訪ねて来たらしいが、どういった要件か聞かせて貰おう」


聖王女は私の礼に片手を上げて答え。

応接室のソファに腰かけると、単刀直入に用件を聞いてくる。

一見無防備に見える行動だが、その実、彼女には隙がまるで無い。


恐らく、此方を警戒しているのだろう。


まあそれも当然の話。

ベーニュと揉めた結果、彼女は弟を処刑しているのだ。

その姉である私が近づいてくれば、報復を警戒するのは当たり前の事。


「これをどうぞ」


私は主の指示に従い、持参した大きな箱をテーブルの上に置いた。

中身はエリクサーや鎧武病の特効薬だ。


「これは……青い薬はひょっとして鎧武病の薬か?だがこの赤い薬はなんだ?」


赤い瓶を摘み、それを繁々と眺めてから王女が聞いてくる。

どうやら彼女はエリクサーを見た事が無い様だ。

まあ王女はまだ若い。

薬の世話になる必要が無いので、聖王から見せて貰った事がないのだろう。


「生命の秘薬。エリクサーです」


「エリクサー……これがか?だが何故そんな物を?」


聖王女の表情が険しくなる。

エリクサーは秘薬中の秘薬であり、おいそれと手に入る物では無い。

それをいきなり見せられたのだ。


しかも100にも上る大量の数を。


何かを企んでいるのかと警戒するのは当たり前の事だった。


「先日父が亡くなりました」


「なんだと!?」


私の言葉に、ガタンと音を立てて聖王女は勢いよくソファから立ち上がる。

父の訃報はまだ国にも知らせていないので、彼女にとっては寝耳に水だった事だろう。


「どういう事だ?その話、詳しく聞かせてもらおうか」


「先日、我が主によって父が滅ぼされました」


「その主とは……ひょっとしてカオスの事か?」


「御想像にお任せします」


状況的に考えれば、誰が手を下したか答えは明白だ。

だから聖王女にも直ぐに気づかれた。

まあ正直隠す意味は薄いが、主からは名を出すなと言われているので適当に濁しておく。


「これらの秘薬は今まで聖王様に収めていた品々で御座いましたが、主の命により、これからは聖王女様にお渡しする様言い付けられております」


「エリクサーが王家に収められていたという事は……父達の不老は秘薬によるものだったという訳か。まさかそんな物を魔物から受け取っていたとは……」


真実を知り、聖王女は表情を険しくさせる。


通常、人間は100年と生きられない。

聖王の不老にカラクリがある事は彼女も気づいてはいただろうが、まさかその答えがエリクサーで、しかもそれが魔物から齎されていた等と夢にも思っていなかった様だ。


「エリクサーは服用した物の生命力を引き上げ、その寿命を延ばす力を秘めています。ですがそれは一時的な物。寿命を超えて生きている人間は定期的にエリクサーを摂取しなければ、薬の効果が切れると同時に寿命が尽きて命を落とす事になるでしょう」


エリクサーの説明を聖王女にする。


「継続して摂取しなければ死ぬ……か。それを私に寄越すと言う事は、どうするかを私に委ねるという事か」


「必要ならば、秘薬は継続してお届けいたします。勿論、国ではなく聖王女様へ」


現状維持もよし。

それらを使って何かを成すもよし。

主はこの国の国政に関わるつもりは無く、未来の選択を彼女に委ねられたのだ。


「了解した。カオス……いや、主に感謝の言葉を伝えて頂きたい」


「では、私はこれにて失礼いたします」


主からの命は終えた。

もはやここに用はない。

私はソファから立ち上がり、さっさと応接室を後にする。


「ああ、そうそう。何かお困りごとがあれば、遠慮なく私に相談ください。必要ならば、魔物領の総力を持って聖王女様の為に尽力する事をお約束します」


秘薬関係以外の協力を、別に命じられてはいない。

だが主は聖王女を気にかけている。

ならば私は彼女の為に動くのが得策だろう。


下手に放置して死なれでもしたら、主の不興を買いかねないもの。


「重ね重ね感謝する」


「では失礼します」


今度こそ用件は済んだ。

私は主に報告すべく、魔物領へと急ぎ帰る。

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