第79話 ラブレター、破られたー

「アリア!どういう事だ!」


夜分遅く、政務をこなしていると突然執務室の扉が開け放たれ、金髪の大男が怒鳴り込んできた。


「兄上。大声を出さないでください」


目の前の大柄な金髪の偉丈夫は私の兄、ドヴォルだ。

まあ兄と言っても、私とは100近く年が離れている。

親子どころか玄孫げんそんレベルの差といっていいだろう。


「ふざけるなよ!何故俺がエリクサー候補から外れているんだ!!」


ブラドからエリクサーの供給を受けていたのは70人。

その中には勿論、兄ドヴォルも含まれている。


「働きぶりから、上位30名から漏れている為です」


アーニュ・ヴァレスからは100本のエリクサーを受け取っているが、私はそれを30本と父上達には報告してあった。

ブラドが死んだ事で、年間30本が限界だと偽って。


何故そんな真似をするのか?

理由は簡単だ。

国に不要な者を間引く為である。


一度に全員の首を挿げ替えれば、国は立ち行かなくなる恐れがある。

だからまずは40人。

折を見てその数は増やしていく予定だ。


「お!俺はお前の兄なんだぞ!?」


間引きの対象になったドヴォルが悲鳴を上げる。

兄が態々私の元に来たのは、配布の対象を決める権限が私にあるからだ。

泣きついて何とかして貰おうと言う魂胆なのだろう。


「国の為の判断です。諦めてください」


「ふざけるな!大体何でお前にそんな権限がある!!」


それはいたって簡単な理由だった。

魔物領の新領主であるアーニュが、私の判断の元でしか薬を提供しないと宣言している為だ。


彼女のその宣言は、父達からすればとんでもない裏切り行為に当たるのだろうが、エリクサーの供与はあくまでも非公式でしかない。

その為、その事を理由に糾弾する事の出来なかった父達は、アーニュの出した――私から頼んだ――提案を飲むしかなかったのだ。


「頼むよアリア!俺は次期王位継承者なんだぞ?俺が死んだら誰が跡を継ぐんだ!?」


「父は配布優先権第一位です。父が健勝である以上、後継者を心配する必要などありませんよ」


聖王である父は欲にかられ、ブラドと蜜月関係にあった。

それは由々しき問題ではある。


だが現実問題、政務に関しては比較的真面目に取り組んでおり――何より、父は国を象徴する存在だったというのが大きかった。


いずれは国の仕組みを変えて行くつもりではあるが、急激な改革は多くの血を流す結果になりかねない。

それを避ける為にも、父にはまだしばらく王として君臨して貰う必要があるのだ。


「ふざけるなよ……」


兄が腰に掛けてある剣の柄に手をかけた。

言い分が通らなければ力に訴える。

そんな事だから優先順位が低くなるのだが、まあ言っても仕方のない事だろう。


「王子!」


その様子を見て、アッシュとバニラが血相を変えて私と兄の間に割り込んできた。

彼らには間諜ではなく、今は護衛として働いて貰っている。


「2人とも下がれ。これは只の兄弟喧嘩だ」


兄は見かけ倒しだ。

ごついなりをしてはいるが、それは見せかけだけの物でしかない。


強くなるためではなく、見た目用に体を鍛えているだけに過ぎない兄の筋肉など私の敵ではない。

もし本気で剣を抜く様なら、鼻をへし折り気絶させるだけだ。


「兄上、私は忙しいのです。他に用件が無いのなら、お引き取り下さい」


「ぬ……く……妹の癖に……調子に乗りおって。覚えておけよ!」


そう捨て台詞を残し、兄はどたどたと大股で去って行く。

100年も生きておきながら、その言動はまるで子供だ。

父が甘やかしてきた結果だろう。

情けない事この上なしである。


まあなんだかんだ父に甘やかされ、明らかに一般的な“姫”から逸脱している私がいう事ではないのかもしれないが。


「休憩されては如何でしょうか?紅茶をお持ちしますよ」


足音が完全に消えた所で、バニラが休憩を進めて来る。

兄とのやり取りでゲンナリしていたので丁度いい。


「ああ、頼む」


一息付いて、気分転換するとしよう。

まだまだやるべきことは山積みだ。


「しかし、彼には大きな借りが出来てしまったな」


背もたれに凭れ掛かもたれかかり、呟く。

国のあり方を正したいと以前から思ってはいたが、私一人では何もできなかったのが現実だった。

だがカオスの力添えで、夢が現実味を帯びてくる。


彼には感謝してもしきれない。


もし私が彼にしてあげられる事があるならば、その時は全力を持って報いよう。

それがどんな無茶な事だろうと、それに答えるつもりだ。


「そう言えば」


ふと、以前カオスから受け取った手紙の事を思い出した。

机に閉まってあったそれを取り出す。


中には何が書いてあるのだろうか?


それが気にはなった。

だが私はあえて中身を検めず手紙の淵に手をかけ、ビリビリに破り捨ててごみ箱に捨てる。


「その手紙。あの時渡されていた物では?いいのですか?」


「ああ、彼は自分に万一があったら中を見ろと言っていた。だが彼は健在だ」


彼は私を信頼して手紙を託してくれたのだ。

興味本位で中を覗けば、それはカオスの信頼を裏切る行為に他ならない。


「だからこれで良いんだ」


「それもそうですね」


「あら、随分と楽しそうですね?何のお話をしてたんですか」


バニラが戻って来て、私の前でティーセットに紅茶を注ぐ。

いい香りだ。


「ああ、何。ちょっとカオスの噂話さ」


「え、ああ!だったら私も混ぜてくださいよ!結局彼って何者だったんでしょうね!?」


仕事は山積みだが、少しぐらい彼の話で盛り上がるのも悪くは無いだろう。


そう、少しぐらいなら……


そう思いつつも、彼の――カオスについての取り留めのない話は、夜通し続くのであった。



聖王国編


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