第77話 スタンプ

このまま頭を踏み潰して終わりだ。

俺は奴の頭部めがけて、勢いよく足を踏みおろそうとして――


「ま、待て!私を殺せばこの国!聖王国は滅茶苦茶になるぞ!」


俺はその言葉に、すんでの所で足を止める。

苦し紛れの出鱈目だとは思うが、一応万一の事を考えて。


「お前が死んだら、なんでこの国が滅茶苦茶になるんだ?」


「この国は……その神聖性で統治されている。聖王が神に選ばれた不滅の存在だからこそ、無茶な政策をしても国民は聖王家や神官達に従っているのだ」


成程、宗教国家だからな。

例え理にかなわない事でも、神のお告げとでも言えば通ると言う訳か。

魔物領はその最たる例だろう。


「だが私が死ねば、エリクサーが供給されなくなる。そしてその効果の揺り返しで、聖王や神官達は半年ともたず命を落とす事になるだろう。そう……そうなればこの国はガタガタだ!」


アーニュから聞いている話では、聖王国のトップ層はほぼ全員エリクサーに手を染めているらしい。

供給が途切れれば直ぐ死ぬと言うのが事実なら、神聖が失われるだけどころか、トップ総入れ替えで国の機能が麻痺しかねない。


ダリア王国との緊張状態を考えれば、そのまま攻め滅ぼされる可能性だってあるだろう。


「それに……鎧武病の事もある」


「鎧武病?」


「皮膚が鎧の様に固まり死に至る、聖王国特有の風土病です」


アーニュが補足してくれる。

ひょっとしたら、ヴラドを助けたくての行動なのかもしれない。

父親の有用性を示せば、俺が殺さず見逃してくれるかもと期待して。


「何もしない場合の致死率は100%になり。その唯一の治療薬となるのが、父の生成する秘薬です。聖王家はその薬の供給も含めて、国をコントロールしているのです」


国が薬の供給を利用して統治してるって訳か。

糞みたいな話だ。

しかし致死率100%で、対処法がヴァンパイア頼りとかキッツい病気だな。


「そういう事だ。貴様は聖王女と懇意にしているのだろう?いいのか?俺を殺せばこの国が荒れるぞ?」


痛い所をピンポイントで付いてくる。

聖王女には借りがある。

それにそのさっぱりとした男前な性格も嫌いではなかった――パイパイも含めて。


そう、パイパイも含めて。


国が荒れれば、きっと彼女は苦しむ事になるだろう。

出来ればそんな事態は避けたい所ではある。


「ははは、分かったのならその足をどけろ。そうすれば、今日の私への無礼は許してやる」


ヴラドが勝ち誇ったかの様に笑う。

うん、ムカつく。

その態度に腹が立った俺は覚悟を決める。


「秘薬生成って言ったよな?」


「そうだ!それこそが私だけが持つユニークスキル!私はその力で日の光すらも克服している!」


偉そうに語ってはいるが、要は超強力なUVケアってだけだろうに。

まあそんな事はどうでもいい。


「アーニュ。ちょっとエリクサーの材料を持ってきてくれないか?」


「は?あ、はい」


俺の唐突な頼みごとに彼女は目を白黒させるが、直ぐに建物内へと駆けていく。


「成程。私の言葉を確かめようと言う訳か。良いだろう。貴様に見せてやる。私の起こす奇跡の瞬間をな」


程なくしてアーニュは3つの小瓶と、薬草の入った包み紙を持って来る。

彼女はそれをヴラドに渡そうとするが、それを制して材料は俺が受け取った。


「貴様……どういうつもりだ?」


「見てりゃ分かるさ」


俺は右の掌を上に向けてスキルを発動させる。

掌に白い半透明な器が現れ、それを見たヴラドの顔色が変わった。

どうやら、俺が何をしようとしているのか気づいた様だ。


「馬鹿な……そんな馬鹿な……」


今発動させたのは秘薬生成というスキル。

ヴラドの持つユニークスキルと同名のスキルだ。

恐らくその効果もほぼ同じだろう。


因みにこれはカオス固有のスキルではなく、俺のユニークスキルであるスキルポイントを使用して手に入れたものだ。


――たった今、この場で。


結構ポイント的にカツカツだったが、レベルが62に上がってくれていたお陰でなんとか取得する事が出来た。

ぶっちゃけ、こんな物に貴重なポイントを回したくはなかったのだが、ヴラドの不遜な態度が余りにも鼻についてつい習得してしまった。

まあ無駄に使った分は、ヴラドの命けいけんちという形で回収させて貰うとしよう。


俺は器の中に材料を放りこみ、スキルの第二段階を発動させる。


器は光り輝き、もくもくと煙が上がっていく。

やがてそれが収まると、器の中には赤い液体が満たされていた。

スキルで確認してみたところ、エリクサーと表示される。


「と、いう訳だ」


「あ……あ……」


態度がもう少し謙虚だったなら、スキルポイントを節約する意味も込めて見逃してやっても良かったが、その態度は余りにも不遜過ぎた。

こいつを生かしておけば、後々碌な事にならないと俺に思わせる程に。


「さて……お別れだ」


俺は再び、高々と足を上げる。


「待て……いや、待ってください。ちゅ……忠誠を誓います。貴方様に……」


「イラネ」


俺は今度こそ、足を力いっぱい叩きつける。

奴のその薄汚い顔面に。

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