第75話 レベル70

「大歓迎みたいだべな」


長い通路を遣いの者に案内され歩いていると、ベーヤが唐突に口を開いた。

先に待つ気配を感じ取ったのだろう。


此処は魔物領。

ブラドの支配する領域だ。


その中心地部分に、奴の屋敷は立てられている。

但しそれは屋敷というには余りにも大きく堅牢である為、もはや要塞と呼んで差し障りないレベルの物だった。


アーニュの案内で屋敷に辿り着いた俺達は、遣いの魔物である小悪魔インプによって歓迎の会場に誘導される。

表向きは歓迎という名目で案内されてはいるが、先に待つのは――まあベーヤが口にした様に大歓迎げいげきなのだろう。


どうやら娘の裏切りはとっくにバレている様だ。

アラクネのバレンが死に際に何か呪いの様な物を放っていたので、恐らくあれはブラドへの報告だったのだろうと思う。


「アーニュ。もう一度聞くけど、戦闘になったら俺はブラドを殺すぞ。良いんだな?」


俺の後ろ。

3歩ほどの距離を下がって歩く女性、アーニュに尋ねる。

距離が少し開いてるのは、俺の事を警戒している為だろう。


「偉大なる魔王様の御判断に、私は従います」


アーニュは俺に絶対の忠誠を誓うと言う。

そしてブラドは彼女の父親だ。

配下?の親族に手を下すのは少々心苦しくもあるが、敵に回ると言うならば容赦はしない。

戦いになれば俺は問答無用でブラドを殺す。


――何故なら、奴にはオッパイが無いからだ。


まあ一応、最初に彼女が父親を説得する手筈になってはいるが。

ブラドはプライドの塊であるらしく、アーニュ本人も上手く行くとは思ってはいない様だった。

そのため説得と言っても、一応試みて見るレベルでしかない。


「そうか」


彼女の声に、特に動揺は感じられない。

ここに至るまでに既に覚悟は決まっていたのだろう。


長い通路を抜け、中庭に差し掛かる。

巨大な建物だけあって中庭もとんでもなく広い。


見上げると、夜空に大きな月が輝いている。

視線を下ろすと、その月明りに照らされ円形の中庭の中央に一人の黒衣の男が佇んでいた。


――ブラドだ。


人相を聞いていたのもあるが、それ抜きでも一目でわかった。

明らかに普通の魔物と気配が違う。


王の風格って奴だろうか?


ブラドの直ぐ傍には4体の最上級モンスターが控え、背後には大小無数の魔物達の姿が蠢いている。

その大半が上級の魔物だ。


大盤振る舞いと言いたいところだが、俺、ポーチ、ベーヤ。

そしてアーニュの4人――アーニュが引き連れていた最上級の魔物は外に置いて来た――を歓迎するには、少々役者不足感が否めない。


「父上、ただいま戻りました」


「失望したぞ、アーニュ。私は弟の仇を取って来るよう、お前に命じた筈なのだがな」


「魔物にとっては強さが全て。このお方は、我々など足元に及ばない超常の存在。故にその方に膝を折るのは、魔物として当然の行動です」


「戯言を」


自分の息子が殺され。

送り込んだ12体の最上級モンスターの半数が死に。

しかもその生き残った半数は俺の軍門に下っている。


その状況を戯言の一言で片づける辺り、このブラドというヴァンパイアは頭があまり良くないのかもしれない。


「父上、この方こそ伝説にある魔王様に相違ありません。どうか投降してください」


何度違うと言っても、アーニュは俺を魔王と言いはる。

父親といい、娘といい。

ヴァンパイアは知能が高い筈なのだが、どうもこの親子はあほっぽい。


「はっ、何を言い出すかと思えば。そのような貧弱な生き物が、破壊の権化たる魔王であるはずが無かろう」


変身を解いていない俺の見た目は只の人間だからな。

疑うのも無理はない。

まあそれ以前に、俺は魔王ではない訳だが。


「これは世を忍ぶ仮のお姿。その真の姿は邪悪にして醜悪。正に魔王と呼ぶに相応しい力強い姿をされておりますわ」


邪悪ってのは認める。

どう見ても正義のヒーローとはかけ離れたビジュアルだからな。

だが醜悪かと言われると、そんな事はない。


自分で言うのもなんだが、魔物としてはかなりカッコいい方に分類されるはずだ。

少なくとも俺はそう思っているのだが、ひょっとして俺だけ?


「ふん、ならば見せて見ろ。その力強い姿とやらをな」


ブラドの視線がアーニュから此方に移る。

俺はそのリクエストに応え、変身を解いて本来の姿へと戻ってやった。

その変貌を目の当たりにし、奴の表情が明らかに歪む。


「成程。只の魔物ではない様だな……娘が膝を折ったのもうなずける。だが、それでもこの私の敵ではない」


俺のレベルは62。

ブラドは70。

単純な基礎能力だけなら、恐らくブラドの方が少し上だろう。


最上級のモンスターは必要とされる経験値の膨大さからか、レベルアップ時の能力上昇幅がかなり大きい。

しかもヴァンパイアは最上級のモンスターの中でも、トップクラスの実力を有している。

カオスが最強チートクラスだという事を考慮しても、流石にレベルが8も違うヴァンパイア相手では能力的に上回られてしまう。


それ故、ブラドは強気だった。


だが残念ながら、基本スペックだけで勝敗は決まらない。

何故ならカオスというクラスには、多種多様なチートスキルが乳神様によって付与されているからだ。


全ての属性に対する高い耐性。


深くえぐられた肉が瞬時に回復する程の回復力――これのせいでポーチ達のレベル上げが出来なくなってしまった。


全ての状態異常――呪いなど――を完全封鎖する、完全異常耐性。


更には、攻撃が全て致命打に変わるパッシブスキルによる出鱈目な破壊力を持ち。


極めつけはリポップによって不死身と来ている。


これらのスキルを有する俺にとって、僅かな基礎能力の差など誤差に等しい。

その証拠に、圧倒的な力を持つドラゴンすら俺の軍門に下っている。


しかしレベル70か……


変異アイテムを入手する時に倒したヴァンパイアの事を思い出す。

あの時は奴一人でほぼ1レベル上がっている。

そう考えると、ブラドから手に入る経験値には期待できそうだった。


「話し合いは決裂と考えていいか?」


「貴様が我が軍門に下ると言うなら、命だけは見逃してやろう」


俺はちらりとアーニュに視線を送る。


「申し訳ありません。魔王様」


彼女は失敗に対し、申し訳なさそうに頭を下げた。


「気にするな」


初めっから無理筋なのは分かり切っていた事だ。

何より、成功されたら経験値が稼げない。


魔王には倒せたらラッキー程度の姿勢であたるつもりではいるが、倒せるものなら倒したいと言うのが本音だ。

その為の経験値に、ブラドにはなって貰うとしよう。

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