第74話 一矢

「あー、なんか盛り上がってる所悪いんだけど。勝手に戦おうとするの止めてくれる?」


何故このヴァンパイアの女性が俺を魔王と勘違いしたのか知らないが、折角の経験値同士が潰し合うのは余り宜しくない。

まあこっちの油断を誘う罠の可能性もあるが、そうじゃなかった場合、大損害なので止めておく。


「魔王様、どうぞ我々にお任せください」


彼女らの行動は胡散臭い事この上なしだ。

いくら何でもいきなり信用する気にはなれない。


正直、纏めて始末するのが一番手っ取り早くて良いんだが――


「投降は認めるよ。でもあいつらは俺が始末するから、下がっててくれない?邪魔だし」


戦闘後ならともかく、戦闘前に降伏した相手を殺す様な真似はしたくなかった。

怪しいけど、見張りを付けて取り敢えず様子見といこう。


「か、畏まりました」


「ベーア、ポーチ。一応見張っててくれ」


「なーに寝言言ってるべ。経験値独り占めなんて通らないべよ」


「私もお父上のお手伝いをいたします」


やれやれ、二人共戦う気満々の様だ。

この様子だと、言っても聞かないだろうな。


かと言って、あいつらを放っておくのも問題がある。


罠で不意打ちだったとしても俺は全く問題ない――どころか大歓迎――のだが、ポーチ達に万一の事があれば一大事だ。

彼女達は俺と違って不死身ではないのだから。


「ちょっと纏まってくれる?」


「こうでしょうか?」


彼女達は俺の指示に従い、恐る恐る身を寄せあう。

そこに俺は魔法を発動させる。


魂の牢獄カオス・プリズン


魔法陣が彼女達の足元に広がり、円状の光の柱が天高く伸びる。

いわゆる結界の魔法だ。


これで動きを封じておこう。


「そこでじっとしててくれ、暴れたら殺す」


まあ変身じゃくたい状態の俺の魔法じゃ、流石に最上級モンスター6体を完全に封じ込める事は難しいので、中で本気で暴れられたらきっと抑えきれないだろう。

だがその時は変身を解除して、宣言通り始末するだけだ。


「さて、待たせたか?」


結構隙だらけだったのだが、アラクネと残り5体は此方を睨みつけたまま動いていない。

ベーヤとポーチが睨みを効かしてくれていたお陰だろう。


「俺が4匹相手―― 「カオスは一番偉そうな蜘蛛担当だべ」


「父上、残りは我らにお任せください」


そう宣言すると二人は横に駆けだす。

その動きが引き金となって、それまで此方の様子を伺うだけだったケルベロス三体と、それに騎乗するミノタウロスソーサラーが二人を狙って動き出した。


――後に残されたのは婆と俺の二人。


これが合コンなら確実に地獄だ。

まあ、合コンなんて行った事無い位ですけどね。


「しょうがないか」


本当は12体中8体は狩る予定だったのだが、婆一体にまで減ってしまうとは。

世の中儘ならない物だ。


「婆さん。言うまでもないとは思うが、あんたに勝ち目はないぜ」


「例え……例え敵わずとも!ベーニュ坊ちゃまの仇!!刺し違えてでも貴様を殺す!!」


アラクネは口の端から泡を吹きだし、血走った眼で俺を睨み付ける。

止めを刺したのは聖王女であるアリアだ。

だが奴を死に追い込んだのは実質俺である以上、婆の言う通り、一番の仇は俺で違いないだろう。


だが――


「魔物が、他の魔物の為に命をかけるのか?」


同種ならともかく、明らかに異種族であるベーニュの為に命を張ろうとする行動が俺には理解できなかった。


「貴様には分かるまい……あの方は……私の全てだった……全てだったのだ。それでも私が生き恥を晒すのは、全てはベーニュ様の……かわいいあの子の仇を討つためだ!!」


アラクネの悲痛な叫びが月夜に響く。

どうやらこの魔物は、本気であのヴァンパイアを大事にしていた様だ。

そしてその仇を討つためなら、命すらも捨てる覚悟なのだろう。


「いいだろう。本気で相手をしてやる」


俺は変身を解除し、カオスの――化け物としての本来の姿を現す。


「それが……貴様の……」


アラクネが俺の真の姿を見て、目を見開いた。

変身したままでも、問題なく倒す事は出来ただろう。

経験値だってその方が美味い。


だが――


「さあ来い!バレン!」


相手は大事な物の為に命をかけているのだ。

それが魔物であろうとも、その気持ちを軽んじる事は出来ない。

ならば偽りない真の姿で相手をしてやるのが、せめてもの礼儀だ。


「坊ちゃまの仇!!」


バレンが8本からなる強健で、地面を抉りながら俺の周りを疾走する。

その口からは無数の糸が吐き出され。

俺の体に次々と纏わり付いた。


だが俺は動かない。


やがて糸は全身を完全に覆い尽くし、俺の視界が白一色に染まる。

そこで一際大きな振動が響く。

恐らく、アラクネが地面を強く蹴り飛び上がった音だろう。


「しねぇ!!!!!!」


体にちくりと小さな痛みが走る。

アラクネの前足4本の爪が俺の体に突き刺さった痛みだ。


だがそれは本当に小さな痛みだった。

半分アンデッドである事。

スキル痛覚鈍化を加味しても、微々たる痛みでしかない。


それもその筈。

彼女の鋭い爪は、その先端がほんの数ミリめり込んだ所で止まっていたからだ。

残念ながら、彼女のパワーでは俺に真面な傷を負わせる事すら出来ない


「化け物……め……」


俺は体に纏わり付いた糸を引きちぎる。

べとついていて綺麗には取れそうになかったので、炎の魔法で残った物を自分の体ごと焼き払った。


「終わりだ。バレン。今ベーニュの元へ送ってやる」


あえて一撃は受けた。

一矢には程遠いだろうが、地獄への手向けだ。


2重詠唱ダブルスペル!カオスライトニング!」


俺の手から放たれた二筋の雷光がアラクネを襲う。


「ぼっちゃまああああぁぁぁぁぁ!!!」


一撃が上半身を消し飛ばし。

もう一撃がその下半身を消滅させ。


バレンは悲痛な叫びだけを残し、塵一つ残さずこの世界から消え去った。


「さて、二人は……と」


見るとポーチ達の方も、既に戦闘を終えていた。

最上級の魔物相手に、二対五という数的ハンデを彼女達は物ともしない。

頼もしい限りだ。


まあ苦戦して。

そこを颯爽と庇った方が好感度は上がるのだろうが、二人が無事ならそれで良しとしよう。

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