第73話 リポップ
生まれてこの方、恐怖を感じる事など無かった。
父親を恐れてはいたが、それとは違う。
それは真の意味での恐怖ではなく、偉大なる先駆者たる者に抱く敬意から来るものでしかない。
だが――私は今、恐怖を感じている。
眼下に佇む一人の男に。
私は飛翔をやめ、地上へと降下する。
緩やかに、ゆっくりと。
スピードを上げて男を刺激すれば……私の命は瞬く間に刈り取られてしまうだろう。
私は、ヴラド・バレスの娘――アーニュ・ヴァレスには生まれつきユニークスキルが備わっていた。
その事実は父すらも知らない事だ。
だが別に隠していた訳ではない。
伝える必要も無い、どうという事も無い能力だったからだ。
全ての力を見抜くこの魔眼――
それは我らヴァレスの一族にとって、意味のない物だった。
種としてこの世界におけるトップクラスの力を持ち、更には領主一族として強大な力を有していた我々には、個の持つ力の大小など些細な事でしかなかったからだ。
――取るに足らないの能力。
つい先ほど迄、私はそう思っていた。
だが今は、この力を持って生まれた幸運に心の底から感謝している。
もし目の前の男の力に気づく事が出来なければ、私の運命は間違いなくこの場で絶たれていただろう。
「初めまして。アーニュ・ヴァレスと申します。どうか私を、貴方様の配下にお加えください。魔王様」
そう告げ。
私は膝を折り、頭を下げた。
誇り高きヴァンパイアにとって、その行動は屈辱以外の何物でもない。
だがこれが唯一、私の生き残りうる道なのだ。
「え?いや、俺魔王じゃないけど?」
男は魔王である事を否定する。
だがそれは私を試す言葉だ。
私は深々と頭を下げ、自らの
「これまでの非礼、どうぞお許しください。これより私は貴方様の下僕として、絶対の忠誠を此処に誓います。どうぞ貴方様の手足として、何なりとお申し付けください」
目の前の男は一言で言うならば――
化け物だった。
私と大してレベルが変わらないにもかかわらず、ドラゴンにも比肩しうる強大な
数え切れない程の魔法を扱う英知を有している。
更には出鱈目で強力なスキル群。
その中でも特に異質な力、それは――
聖王国で生まれ育った私は幼い頃父に連れられ、聖殿と呼ばれる古い書物の納められている聖域に足を踏み入れた事がある。
そしてそこである一冊の書物と出会った。
それは魔王の事を綴られた
そこには魔王が圧倒的な力を持ち、世界の全てを蹂躙する邪悪だと記されていた。
だがいくら魔王の強さが圧倒的だったとは言え、世界の全て――人も魔物も関係なく――を敵に回して、その全てを個の力のみで蹂躙しきれるものではない。
やがて集団の持つ徒党の力の前に消耗し、魔王は滅びる運命にある。
普通ならそう考える。
だが現実は違った。
誰にも、どのような手段を講じても、世界は魔王を止める事が出来なかったのだ。
その最大の理由が魔王の持つユニークスキル、
殺しても死なない不滅の存在は、滅しようがない。
罠を張り、動きを押さえて捕らえ様にも、自爆されれば別の場所で当たり前の様に復活し。
しかも死ぬ度に全快迄してしまう出鱈目ぶり。
世界にそんな理不尽を止める術など無い。
だからこそ、女神アイルーは自身の全てと引き換えに魔王を完全に封じたとサーガには記されている。
当時、私はその内容を只の御伽噺だと思っていた。
だが今は違う。
目の前の男こそ魔王。
もしくはその再誕であると私は確信している。
だからこそ恥も外聞もなく
それが私の、ヴァレス家唯一の生存の術だ。
「アーニュ様!?何をなされているのです!!そ奴はベーニュ様の憎っき仇ですぞ!!」
「黙れ!このお方への無礼はこの私がる許さん!!」
私は彼女を一喝する。
その事には私も思う所はあった。
家族の命が奪われたのだから。
だが弟は、愚かにも自ら禁忌たる存在に手を出したのだ。
それはもはや定めだったとしか言いようがない。
そういう運命だったと、私は諦める。
「べ、ベーニュ様。ヴラド・ヴァレス様を裏切るおつもりですか!?その様な事をされては!!」
ライカントライアームズの一体――私専属の下僕、テール――が声を上げる。
私の事を心配してくれているのだろう。
「心配ないわ。お父様もこの方の偉大さを知ればきっと膝を折り、忠誠を誓われるはずよ。お前達もさっさと頭を下げなさい。魔王様に失礼よ」
自分で言っておいてなんだが、恐らくそれはないだろうと思う。
父には看破のスキルが備わっていない。
このお方が魔王だと私が言っても、信じはしないだろう。
――つまり、父は死ぬ。
だがそれも仕方のない事。
強者が弱者を蹂躙するのは世の常だ。
魔王の強さを見抜けず踏み躙られるのならば、それが父の運命である。
だからこそ、私だけでも生き延びなければならない。
ヴァレス家の血を絶やさぬためにも。
「有り得ませぬ!坊ちゃまを殺した者にヴラド様が膝を折るなど!」
アラクネは長く仕えているだけあって、父の性格を良く知っている。
だから容易く私の嘘を見抜く。
だがそれは最初っから分かっていた事だ。
何一つ問題ない。
何故なら、先程の私の言葉は婆やに向けての物では無く、この場に連れてきた配下の者達を此方に取り込むための方便なのだから。
私は魔王に自らの忠誠を示す為、この場にいる魔物達をこの手で始末しなければならない。
だが流石の私も、最上級モンスター11体を相手に戦って勝つのは不可能だ。
だから何体かを此方へ取り込み、そいつらの力を利用して逆らう者達を殲滅する。
「お、俺はアーニュ様に付いていく!」
そう言うとテールはその場から大きく跳躍し、私の背後に着地する。
忠誠は感謝するが、正直、私はその愚かな行動に内心舌打ちする。
大げさに動けば魔王様の癇に障りかねない。
これだからおつむの足りない獣はダメなのだ。
「お、俺達も!!」
残り二体のライカンスロープ達も、ドタドタと私の背後にやって来て魔王様に膝を折る。
ライカンスロープとヴァンパイアは基本強力な主従関係にある為、彼らの行動に迷いはない。
これで4対8。
出来ればもう少し欲しい所だ。
「アーニュ様がそうおっしゃられるのなら」
上空からオーク2体が降り立ち、彼らもその場で膝を付く。
フライングオーク達は醜悪な見た目に似合わず、意外と知能が高い。
恐らく私の言葉が嘘だと見抜いているだろう。
にも拘らず此方に着いたのは、私の態度から魔王の力を察したからだ。
狡猾な行動ではあるが、生物としてはそれが正しい。
6対6。
これで此方の勝ちは確定だ。
これぐらいでいいだろう。
「魔王様。あの不届き者達を始末する栄誉を、どうか私達にお与えください」
「んな!?アーニュ様。そこまで腐りきられたか……このバレン。いかにヴラド様の御令嬢とはいえ、裏切るとおっしゃられるなら容赦しませんぞ」
アラクネアは醜い顔を更に醜く歪め、怒りを露にする。
他の魔物達もその殺気に煽られてか、臨戦態勢に入った。
残った者達はやる気満々の様だ。
だがそれでいい。
全員が私に恭順するよりかは、遥かに良好な結果だ。
何せ彼らには、生贄になって貰わなければならないのだから。
魔王様への忠義を示す生贄に。
「どうかご許可を」
そう言いうと、私は立ち上がって振り返る。
婆や――バレンと目が合う。
今までご苦労様。
最後の忠義として――
ワタシノタメニシンデチョウダイ。
そう心の中で呟き、私は牙をむく。
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