第72話 モブ顔専

「強い力を持った奴らが近づいて来てるべ」


「恐らく最上級モンスターです。それも複数」


自室のベッドに寝ころんでいたらいきなり扉が開き、ポーチとベーアが飛び込んで来た。

一瞬夜這いかと期待したが、勿論そんな事は無かった。


「やっぱ来たか」


出所は分かる。

魔物領の領主、ブラド・ヴァレスの差し金だろう。

聖王女――アリアが罪をひっ被ってくれたのだが、まあ想定内だ。


息子の敵討ちをしたくとも、相手は聖王国の王女だからな。

領主の立場であるブラドでは手を出しにくいだろう。


――だから腹いせに、その周囲の者に危害を加える。


所謂八つ当たりをしてくるのは予想できた。

その為、この1月半程は狩りを控え、敵の襲撃に備えていたのだ。

お陰でレベル上げが滞ってしまっていたが、まあ変わりに最上級モンスターを狩れるのなら十分元は取れるだろう。


「ニーアとサラは?」


「収納済みだべ」


ベーアのブラックホールは、大量の物を謎空間に収納する事が出来るスキルだ。

そこには空気が存在しており、その気になれば人間を収納する事も出来た――俺が最初に中にはいてチェックしている。

つまりニーアとサラは、今ベーアの腹の中という訳だ。


「んじゃ、屋敷から離れるか」


相手は最上級のモンスターだ。

この場でドンパチすれば屋敷が潰れかねない。

人気のない森辺りまで誘導するとしよう。


窓を開け、俺はそこから飛び出す。

と同時に魔法を唱えた。


飛行魔法を。


変身を解けば普通に飛ぶ事も出来るが、飛んでいく化け物姿を誰かに目撃されると面倒なので、人の姿のまま移動する。


「数は多分12体だべ」


「全部最上級か?」


ベーアが翼を羽搏かせ、俺の右横に並ぶ。

その表情は楽し気だ。


見た目は可愛らしいが、こう見えて元魔物だからな。

久しぶりの強敵達に血が騒いでるのかもしれない。


「恐らくそうかと」


反対側にはポーチが。

彼女は最近、幻術の力で空を飛ぶ事を覚えた。

なんで幻術で空を飛べるのかは理解不能だが、まあ飛べるものは飛べるんだから、深く考えても仕方がない。


「12体全部最上級か」


大盤振る舞いもいい所だ。

それだけ相手も本気という事だろう。


「2人は離れた所で――」


「経験値の独り占めはずるいべや」


「父上のお供を致します」


彼女達も亜人化してから、相当レベルが上がってきている。

しかも変異した先はかなり強い種族――竜人と妖孤――の亜人だ。

最上級モンスターが相手でも、そうそう後れを取る事は無いだろう。


だが流石に12体もいると彼女達には危険かと思って下がる様に言ったのだが、却下されてしまった。


「あんまり無理はするなよ」


個人的には、変身したまま戦った方が経験値に大量ボーナスが付加されて美味しい。

だが万一のカバーも考えて、戦闘になったら解除するとしよう。

経験値は他でも稼げるが、彼女達の変わりはいないからな。


「付いて来てる?」


此方の居場所が分からず、無人の屋敷で暴れている可能性があるので確認しておく。


「はい。問題ありません」


流石に相手も最上級の魔物だけあって、此方の気配はちゃんと追跡出来ている様だ。

俺達はそのまま速度を落とすことなく夜空を疾走する。


「ここらで良いか」


ダリアの首都の西。

俺達は開けた場所に降り立った。

最初は森にしようかとも思ったが、平地の方が戦いやすいと判断して変更したのだ。


「観念した様じゃな」


一番乗りはアラクネクイーン。

あの婆さんだ。

当然上半身の火傷は消え、切り飛ばした右足は生えそろっている。


次いで狼人ライカンスロープの最上位形態、背中から巨腕が生えたライカントライアームズが3匹。

少し遅れる形で巨大な三つ首の魔物、ケルベロスが3体。

その内2体の背には杖を握った牛首の魔物、ミノタウロスソーサラーが騎乗していた。


「これで全部か」


上空を見上げると、月を背にした赤毛の美しいヴァンパイアの姿が。

彼女は両サイドに有翼の豚フライングオークを従え、赤く光る冷酷な視線を俺達に投げかけている。


間違いなくこの女がリーダだろう。


かなり色っぽい感じの美人である。

格好は体のラインがくっきりと出ているハイレグレオタードの様な衣服に、その上から黒いマントを羽織っているだけの高露出だ。

その姿はまるで此方を誘う娼婦の様な出で立ちだった。


尤も、俺にお色気は通用しない。


何故なら――胸があまり大きくないからだ!


恐らく彼女の胸はポーチより小さい。

サイズ的にはぎりCと言った所だろう。

幾ら露出が高いお色気衣装に身を包もうとも、その程度のサイズに心惑わされる俺では無いのだ。


「俺をたぶらかす等、10センチ早い!」


重要なのは年ではなくセンチだ。

ここ重要なので、よーく覚えておくように。


「何馬鹿な事言ってるべ」


周りの奴らは俺の言葉の意味を理解できていない様だったが、唯一ベーアだけがその真の意味を理解していた。

流石、栄えある俺のガールフレンド候補2号だけはある。


「アーニュ様!御指示を!」


婆のアラクネ――略して婆クネが上空のヴァンパイア、アーニュと言う女にに指示を仰ぐ。

だが彼女はそれに答えず、無言で俺を見つめ続けた。


俺の顔に何かついているのかとも思い、触ってみるが特に異常はない。

にも拘らず、彼女からのこの熱視線。

ひょっとしたら、アーニュというヴァンパイアはモブ顔専なのかもしれない。


ま……流石に違うか?


やがてアーニュはゆっくりと地上へと下降し、俺の前に降り立った。

そして――


「初めまして。アーニュ・ヴァレスと申します。どうか私を、貴方様の配下にお加えください。魔王様」


彼女はその場で跪き、俺に頭を垂れた。

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