第71話 矛先

ベーニュを失い既に1月立つ。

私に反感し家を飛び出す様な真似をする愚かな息子ではあったが、それでも私にとってはたった一人の息子だった。


ヴァンパイアは基本的に血を奪い、魔物や人を魔物化――レッサーヴァンパイアやライカンスロープ――に変えて眷属を得る事はあっても、アンデッドである以上、純粋な子孫を残す事は出来ない。


だが自分には秘薬生成のユニークスキルがあった。


強烈な秘薬を持ってして無数の魔物や人間の体を変異させ、その体に我が血を打ち込み懐妊させる実験を長きに渡り私は続けてきた。

ある者は子宮が腐り落ち、ある者は宿った化け物――ヴァンパイアには似ても似つかない――に腹を食い破られ、その事如くは失敗に終わっている。


だが私は諦めず実験を続けた。

そして100年程前、ある聖女が我が子を宿し、産み落とした。

ヴァンパイアである双子。

アーニュとベーニュを。


正にそれは奇跡の瞬間と言ってよかった。

子孫を残せない筈のヴァンパイアが子を成したのだから。


私は全力で我が子達を愛し、導いて来た。

だがその片割れは失われてしまう。

人間の手によって永遠に。


「ベーニュ……」


家を飛び出した息子は、聖王国のルールを平然と破って生きて来た。

ルールを破れば、当然リスクは発生する。

私の場合は慎重に慎重を重ね、更には使える物を全て駆使してルール破りを無かった事にしてきていたが、息子はその辺りが甘かった。


だから組織を睨まれ。

結果、聖王女によって討たれてしまった。

言ってしまえば、息子の首を絞めたのは息子自身だったのだ。


「自業自得だったとはいえ、やはり業腹だ」


だからとは言え、息子を殺された恨み辛みが消える訳でもない。

この怒りのぶつけ先は必要だ。


だが聖王女に手を出せば、彼女を溺愛していた聖王との間に決定的な亀裂が生じてしまう。

仮に戦争になったとしても負ける気はしないが、その先が続かない。


――何故なら、この世界は人間によって統治されているからだ。


仮に聖王国を打ち負かせば、今度は周辺の国が魔物討伐を掲げ攻め込んでくるのは目に見えていた。

東には海が広がっているとはいえ、北南西にある三国から攻められては流石に勝ちの目は無い。


――つまり私が今の暮らしを維持するには、聖王との蜜月が必要不可欠なのだ。


「入れ」


扉がノックされたので入室を許可する。

扉が開き、姿を現したのは生気の無い顔をしたよぼよぼの老婆――アラクネクイーンだった。


「首尾は?」


「は。幾ら調べましても、ダリア首都に現れる前の足取りは掴めませんでした……申し訳ありません!」


私の質問に答えると彼女は床にひれ伏し、その額を地面に打ち付ける。


「構わん。面を上げよ」


彼女に対する怒りが無いとは言わないが、数百年に渡り私に忠誠を誓ってきた相手だ。

確かに致命的なミスではあったが、私はそれを飲み込む。


「お前の呪いを使っての身元の洗い出しで分からんのなら、相手は余程厳重に過去を隠蔽しているのだろう。それこそ高度な魔術的手段迄使ってな」


此方は息子を殺されているのだ。

そいつらの家族も根絶やしにしてやりたい所だったが、分からないのなら仕方がない。


「力及ばず、申し開きのしようもございません」


アラクネは頭を地面に付けたままだ。

彼女からすれば、私に合わせる顔も無いと言う事なのだろう。

気持ちは分かるが、私は顔を上げろと命じたのだ。


「聞こえなかったか?私は顔を上げよと言ったのだぞ?」


「も、申し訳ございません!」


怒気と殺意を含んだ声に、アラクネは頭を跳ね上げる。


「過ぎたる侘びは、支配者たる私への侮辱でしかない。そう心得よ」


「ははぁ。ブラド様の寛大なお心遣いに感謝いたします!」


「世辞は良い。襲撃の準備を」


どんな事にも落とし前は必要だ。

聖王女に手が出せないのなら、その配下達に責任を取ってもらう。

まずは外部の協力者であったという男女からだ。


そいつらは今、ダリアに居を構えていると言う。

ならばそこに兵を送り、始末する。


「襲撃は最上級モンスターで行え」


国境を超えるとなると、大軍では目立ってしまう。

その為、国を超えるのは少数でなくてはならない。


しかし相手はベーニュ達を追い込んだ程の手練れだ。

男の動き自体はそれ程でもなかったらしいが、アラクネや息子をほぼ一撃で戦闘不能に至らしめた辺り、そのパワーは相当な物のはず。

そんな相手を少数で確実に始末するとなると、少なく見積もっても最上級モンスター5体は必要になるだろう。


「10体程連れていけ。どれを連れて行くかはお前に一任する」


この魔物領には私と娘を除き、15体の最上級モンスターが存在する。

全て私の力と、生成した秘薬の効果で服従させた者達だ。


その内10体。


更に迂闊に動けない私に変わって娘が指揮を執り、アラクネがそれをサポートする。つまり合計12体の最上級モンスターを送り込む事になる。

これは小国ならばそのまま落とせてしまうだけの戦力だ。

まず負ける事は無いだろう。


「ははぁ!必ずやあの男の首をここに捧げて見せまする!」


そう力強く宣言すると、アラクネはその場を後にする。


「せめて奴と連絡が取れれば、送る数は半数以下で済んだのだがな」


最上級のモンスターを12体も向かわせれば、当然領地の守りは弱体化してしまう。

それを避けるため、ダリア王国の旧友どうぞくに少し前に遣いの者を送ったのだが、残念な事にねぐらとしていた居城に彼の姿は無かった。


「奴は気分屋だ。恐らく旅にでも出ているのだろう」


まあ現状、誰が攻め込んで来る訳でもなし。

大戦力を領地から送ったとしても、大して問題はないので構わないだろう。


椅子に深く凭れ掛かり、私は目を瞑る。

瞼の裏には、在りし日の幼い息子の姿が浮かび上がって来る。


「待っていろ。お前の姉さんが、きちんとケジメを付けてきてくれるからな 」



☆★☆★☆★☆★☆★☆


次回予告


次回は「カオス、経験値大量ゲットだぜ!」と「ベーア、LA(ラストアタック)をかすめ取る」の2本立てでお送りいたします。


内容は都合により、予告なく変更する事がありますがその旨ご了承ください。

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