第70話 怒り
「貴様はいったい何をしていた!何のために貴様を!!」
薄暗い執務室。
領地で政務に勤しんでいたブラド・ヴァレスに悲報が伝えられる。
それは息子が打ち取られたという、我が耳を疑う様な報告だった。
彼はその真偽を確かめるべく、その場から唯一生き残ったとされる配下の元へと向かう。
その胸には、きっと只の誤報に違いないと言うひそかな願いを込めて。
だが現実は残酷だ。
医務室の巨大なベッドで息も絶え絶えに横たわる配下、アラクネクイーンはベーニュの死は間違いない物と、涙ながらに語る。
彼女はヴァンパイアでは無かったがその忠誠は厚く、決して嘘を吐く様な人物では無かった。
その彼女の言葉を耳にし、ブラドは激昂する。
怒りのままに彼女の首を掴み、その巨体をものともせず持ち上げた。
掴みあげられた首からはミシミシと鈍い音が響き、アラクネは苦し気な呻き声を上げる。
「が……あぁぁ……どうか……どうか……この無能な私めを……お殺し下さい」
醜い老婆の顔をしたその両の目からは、涙がポロポロと止め処なく零れ落ち。
その言葉が紛れも無く本音である事が悲壮な声から伝わって来る。
アラクネ種は残忍な魔物ではあったが、その母性は他の魔物の類を見ない程に高い。
その為人間や他の魔物から子を奪い、自身の子として可愛がって育てる程に――但し低位で知能の低いアラクネは大抵の場合、ある程度子供が大きくなると母性の対象から外れ喰ってしまうが。
知能の高いクイーン種である彼女は、幼い頃より世話をしてきたベーニュを我が子の様に本気で溺愛していた。
本来ならば共に果てる事を望む程に。
だが大恩あるブラドにその事実を、ベーニュの最後を告げる為。
生き恥を晒し、息も絶え絶え必死に魔物領まで戻って来たのだ。
「どうか……どうかお殺し下されぇ……」
「いいだろう!望み通り此処で殺して――「お父様!お止め下さい!」」
ブラドが更なる力を籠めようとした所で、待ったをかける声が響く。
彼が振り返ると、そこには自身の娘。
アーニュ・ヴァレスの姿があった。
「何故止める!?こいつは息子を見殺しにしたのだぞ!」
医務室に怒りの声が響く。
その場にいたドリアード達は――彼らには他者の傷を癒す不思議な力が備わっており、医療従事者としてブラドに仕えていた――その殺意の籠った声に震え上がった。
中には恐怖からその場で卒倒する物も。
強烈過ぎる
「落ち着きください。お父様」
だがそんな毒を物ともせず、アーニュは激昂する父親に静かに語り掛ける。
「彼女が弟を見捨てる筈がない事ぐらい、お父様も良く御存じのはず。どうかお気を静め下さい」
「ベーニュが死んだのだぞ!お前は平気なのか!?」
「平気な訳などありません。ですが、落ち着きください」
彼女とて、父親と気持ちは同じだ。
だが放っておけばブラドは怒りに任せて際限なく暴れ、その場に居合わす魔物達を殺しまくるだろう。
この城――ブラドの根城――にはアーニュの眷属も住み込んで生活している。
アーニュは自身の眷属が理不尽に巻き込まれる事を嫌ったのだ。
だから必死に父親を諫め様とする。
「どうかヴァンパイアとしての矜持を、思い出しください」
「ぬ……くぅ……」
怒りに噛み締めた唇から、血が零れ落ちる。
その目は未だ怒りに赤く染まってはいるが、ブラドは渋々その手を離した。
ドスンという音を立てて、アラクネの体が特製のベッドに崩れ落ちる。
その目は白目を剥き、口の端から泡がだらだらと滴り落ちてはいるが、どうやらまだ生きてはいる様だった。
「ふぅ……ふぅ……おのれ聖王女め。我が息子に手を出して、只で済むと思うなよ」
ブラドは怒りに荒れた呼吸を整えながら、息子の死に対する復讐を心に決める。
自らのプライドに掛けて。
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