第69話 勘違い

「暇だべ」


やる事も無くゴロゴロとベッドに寝ころび、むしゃむしゃとお菓子を頬張る。

口にしているのは芋のタルトだ。

本当は生クリームたっぷりのケーキが食べたかったが、そっちは太るから数を食べるならこっちにしろとサラに制限されてしまっていた。

正直大きなお世話だったが、まあこっちの事を考えての発言だったので折れてやっている。


「暇だべ」


ここ数週間、狩にも行けていない。

留守を狙って、賊に襲われる可能性があったからだ。

実際、カオス達がよその国に行った後も何度か襲撃を受けていた。


勿論すべて血祭だ――そのせいでニーアが毎回忙しく掃除をする羽目になっているが。


口の中が空になったので、包み紙ゴミを無造作にポイ捨てし、新しい物に手を伸ばす。


「ベーア!買い物じゃ!」


その時唐突に扉が開き、アンニュイな時間を叩き潰すかのように、奇声を上げてサラが姿を現した。

いい年して相変わらず五月蠅い奴だ。


「なんだべ?買い物なら先週いったから、お菓子はまだ残ってるべ」


その際、お菓子をしこたま大量に買い込んでいる。

まだ尽きるには早い。


「お菓子は確かに残っておるが、他の物がもう足らん!」


「お菓子で我慢するべ」


他がないならお菓子を食べればいい。

我ながら合理的な判断である。


「出来るか!お主は良くても、こっちは3食菓子を喰うつもりなどない!」


人には好き嫌いはするなという癖に、我が儘な奴だ。

私は手にした菓子を丸々口に放り込み、肩を竦めてベッドから立ち上がる。

もちろん包み紙は床にポイだ。


「お主……」


サラは何か言いたげに睨んで来るが、無視する。

部屋を片付けるのはニーア仕事だ。

彼女が言うんなら兎も角、庭で虫を追いかけて遊んでいる奴に文句を言われる筋合い等ない。


「仕方ない。付き合ってやるべ」


買い物には私が付き合う必要がある。

買い物の最中に襲われないと言う保証がないのと、二人は余り力がないので、私のスキルであるブラックホールが買い物に必須だからだ。


面倒くさいが、まあ仕方の無い事だと諦める。


私は窓を開け、淵に手をかけ足を乗せた。

そのまま勢いよく飛び出そうとすると、スカートが引っ張られる。

振り返ると、サラがスカートの裾を掴んでいた。


「なんだべ?」


「行儀の悪い事をするでない。ちゃんと自分の足で階段を使わんか」


「私には羽根があるべ」


「そういう問題ではない!スカートを履いたまま高い所から飛び降りるなと言っておるのじゃ!」


彼女の判断基準は独特だ。

何故スカートを履いて飛んではいけないのか、正直理解に悩む。


「仕方ないべな」


溜息を吐いて、淵に掛けていた足を下ろす。

ここで問答しても話が平行線になるのは目に見えていた。

それはお互いにとって時間の無駄でしかない。

仕方がないので、今回はサラに勝ちを譲ってやるとしよう。


「さ、行くぞ」


サラが手をしっかりと握り、私を引っ張って行く。

自由にすると、騙して飛び降りられるとでも思っているのだろう。

全く信用のない物だ。


「やあ」


一階でニーアと合流し、門を抜けた所で声を掛けられる。


ストーカーだ――


「おお、アレク。お主も頑張るのう」


――ポーチに纏わり付く。


「ははは、まあね。ポーチさんはもう戻られてる?」


「残念ながら、まだ帰られてないんですよ」


「そうですか……」


ニーアの言葉に、アレクはあからさまに肩を落とす。

こいつはポーチとの交尾を狙っている様だが、足しげく通っても彼女は決して相手にしないだろう。


何故なら、大して強くないから。


「ポーチ狙いなら、精々強くなるんだべな。弱いままじゃ話にならないべ」


「ははは。一応S級冒険者だから、腕前には自信があるんだけどね」


人間としては上位の強さであっても、私達から見れば全然大した事はない。

この程度の相手をポーチがつがいとして選ぶ筈もなく。

その勘違いした傲慢さを捨てて必死に努力しない限り、この男の発情は実を結ぶ事は無いだろう。


「君達は買い物かい?だったら付き合うよ。男手があった方が何かと便利だろ」


「いらないべ」


こいつが付いて来ても、大して役には立たない。

腕力があるアピールかもしれないが、私のブラックホールがある以上こいつの出番はないのだ。


「そうかい?まあ俺の力が必要になったらいつでも言ってくれ」


そう言うとアレクはさっさとその場を立ち去ってしまった。

ポーチがいないのであっさりした物だ。


「実際問題。ポーチはアレクになびくと思うか?」


サラが興味津々に聞いて来る。


「愚問だべ」


「やはりそうか。まあポーチはカオスに夢中じゃからのう。あ奴が頑張ってくれればライバルが1人減ってくれるかもと思ったが、望み薄か」


「ライバル?」


サラのライバルという言葉に眉根を寄せる。

てんで弱い癖に、よもやポーチよりも強くなろうとしていたとは。

中々侮れない野心の持ち主だ。


だがその割に、強くなる努力をしている様には全く見えないが。


「な、何でもない!さ、買い物買い物!」


そう言うと、サラは顔を真っ赤にして歩き出す。

どうやら強くなる願望を知られたくない様だ。


まあバレバレではあるが。

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