第68話 0点

アラクネ。

それは人間の女性の様な上半身に、蜘蛛の様な下半身を持つ魔物だ。

高い知能を有しており、獰猛にして狡猾。

更に呪いの類すらも扱う強力な魔物である。


そしてアラクネクイーンは、その最上位形態にあたり、その体高は人の倍以上ある。

かなりのデカさだ。


「0点」


アラクネの上半身は人間と同じ様な形態をしているが、例え丸出しであっても0点と言わざる得ない。


その理由は二つある。


一つは肌が青い事。

昔異星人物の映画を見た時も思っていたが、肌が青とか紫だと人間はとかけ離れた物に見えるせいか、今一つポロリされてもそそられないのだ。

なんか違う感が凄い。


もう一つは――顔が醜い老婆のそれだったからだ。


流石の俺も、首から上が醜い老婆では愛せない。

胸達に罪はないが許せ。

恨むのなら、己の生まれの不幸――醜い婆顔に青色――を恨むがいい。


「死ね!」


婆が小汚い口から糸を飛ばしてくる。

物凄く臭そうだ。

俺は素早くそれを躱し、炎の魔法を奴の顔面に叩き込んでやる。


「ぎゃああああああ!」


アラクネは絡め手を得意とする魔物だが、多種多様な魔法と全ての異常耐性を持ち合わせる俺はその辺りにはめっぽう強い。

何より同じ最上級とは言え、明らかにヴァンパイアと比べて格が落ちる相手だ。

そのヴァンパイアすら瞬殺出来てしまう俺の敵ではなかった。


「げ?脱皮しやがった」


肌が弾け飛び、皮膚が勢いよく飛び散った。

上半身を燃やしていた炎を、アラクネは脱皮で無理やり鎮火してしまう。

流石に一撃で死ぬ事は無いと思ったが、まさかこんな方法で対処するとは夢にも思わなかったぞ。


「お……おのれぇ……」


だが短時間だったとはいえ、ダメージは相当入っている様だ。

醜い顔を苦痛に歪め、その八本からなる足はプルプルと小刻みに震えていた。


致命弱点を付与された炎の効果は抜群である。


魔法を当てたのは一発ではあるが、炎の魔法がヒットした時点で弱点は付与されているのだ。

その為、その後の燃え盛る炎は奴にとっての致命弱点としてその身を蝕んでいる。


「婆さん。哭死鳥の本拠地とボスを教えてくれるんなら、楽に死なせてやるぞ?」


ヴァンパイアには回復魔法が効かない。

その為、必然的に情報収集はアラクネから行う事になる。

だが醜い老婆とは言え、相手は女性だ。

出来ればなぶる様な真似はしたくなかった。


素直に話してくれると助かるのだが……


「ぐぅぅ……舐めるなぁ。大恩ある方々を裏切るなどぉ」


無理そうだ。

ポーチ達の方を見ると、戦闘はそろそろ終わりつつあった。

余り時間もない様なので、仕方がないのでもう少し痛めつけてから動きを封じ、転移魔法でアラクネを人気のない山奥へ送るとしよう。


こういう時用のセーブポイントはちゃんと作ってある。


「そうか、残念だ」


俺はゆっくりとアラクネに近づく。

それを牽制するかの様に糸を吹き付けて来るが、俺はそれを楽々躱して老婆に迫る。


取り敢えず、足を全部折ってしまおう。

そう思い蹴りを――


「待て!」


急に待ったをかけられる。

声を上げたのはヴァンパイアだ。

奴はふら付きながらも立ち上がり、仮面を外す。


「我が名はベーニュ・ヴァレス。ブラド・ヴァレスの息子だ」


こいつ……イケメンかよ!?


俺の奴に対する殺意が燃え上がる。


イケメン死すべし!


ん?待てよ?

今ブラド・ヴァレスの息子って言ったか?

確か魔物領の統治者の名前だよな?

て事はこいつ、領主の息子か。


「我らにこれ以上手を出せば、父上が黙っていないぞ」


「そんなもん知るか」


例え相手が領主だろうと、此方に害するなら始末するだけの事。

やりたい放題やって来る暗殺集団や、そのバックを放置してやる程俺は甘くはない。

権力が通用すると思ったら大間違いだ。


「世の中の厳しさを、あの世で噛み締めてこい」


「く……」


俺からの死刑宣告に、ベーニュは顔色を変える。

どうやら父親の名を出せば何とかなると思っていた様だ。


「坊ちゃまにはぁ!手出しさせん!」


アラクネが俺に向かって足を振り下ろす。

俺はそれを手刀で切り払い、ついでに右側の足を全て切り落とした。


「げぁぁぁぁぁ」


態勢を保てなくなったアラクネの巨体は大きく右側に傾き、轟音を響かせて地面に倒れ込んだ。

これでもう、真面に動く事は出来ないだろう。


取り敢えず先にヴァンパイアの止めを刺しておこうと動いた所で、再び待ったがかけられる。


「待て!カオス!」


今度は聖王女だった。

どうやらもう決着が付いてしまった様だ。

思っていたよりずっと早い。


まだアラクネの確保も終わってないってのに。

最初に大量の魔物を吹き飛ばしたのは失敗だったかもしれないな。


「その男――ヴァンパイアは、ベーニュ・ヴァレスか」


どうやら彼女はベーニュと顔見知りの様だった。

少々面倒くさい事になりそうだ。


「そうだ!俺達を殺せば、親父が黙っていないぞ!聖王女!その男を止めろ!」


女に泣きつくとは情けない。

これではヴァンパイアではなく只の紐だ。


「質問がある。哭死鳥のトップはお前か?」


だが聖王女はベーニュの言葉を無視し、質問を投げかける。

その表情は険しく。

嘘を吐けば容赦なしと顔に出ている。


「だ、だとしたらどうする?」


「然るべき裁きを受けて貰う」


そう言うと彼女はベーニュの前まで歩いていき、その手を奴の胸元に付き込んだ。

いや、胸元を突き破ったと言う方が正しいだろう。


「がっ……ぁぁ……」


ベーニュの体は灰となって崩れ去り、消滅する。


「あぁぁ……ぼ、坊ちゃま……」


聖王女は怪力の持ち主だ。

レッサーヴァンパイア相手に大ダメージを与えていた事から、聖なる力も習得しているのだろう。

だがそれでも、ヴァンパイアの胸板を突き破る様な離れ業は出来ない。

それが可能だったのは、俺が弱らしていたからだ。


「罪人ベーニュ・バレスは正義の名の元、この聖王女アリアが打ち滅ぼした。帰って主に伝えるがいい!」


どうやら彼女は、全ての責任を自分が被るつもりの様だ。


「おのれ聖王女め……ただで済むと思うなよ!!」


アラクネは左足と上半身だけで這うように去って行く。


もし俺が手を下だしていれば、きっとブラドに狙われる事になっていただろう。

いや、例え止めを刺さなくともそうなっていた筈だ。

可愛い息子を散々痛めつけられたのだから。


だからそうならない様、彼女は怒りの矛先を自分に向け俺を庇ったのだ。


「経験値を横取りしてすまなかったな」


王女は――アリアは此方へと振り返り、屈託なく笑う。


彼女の行動が俺に必要だったかどうかは兎も角、その心遣いは純粋に嬉しかった。

だからこの借りは必ず返すと、彼女を守ると俺は心の中で誓う。


だって大事なおっぱい枠だし。

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