第67話 開戦
「姫さん。あのボスっぽい奴らは俺が相手をする。あんたらはポーチと一緒に他の奴らを頼む」
俺は聖王女の横に並び、声を掛けた。
彼女の腕は確かだが、それでも相手が最上級の魔物ではきついはず。
経験値稼ぎも踏まえて、王女には雑魚の相手だけをして貰うのが丸い。
「老婆は兎も角、あれは間違いなくヴァンパイアだぞ」
「分かってるさ」
「ふ、そうか。なら頼んだ」
王女はそう言うと、馬鹿力で俺の背中を叩く。
発破をかけたつもりかもしれないが、急に怪力で叩くのはやめて欲しい。
別に痛くはないが、急な事だったので危うくすっころぶ所だ。
「ポーチ。王女たちのフォローを頼む」
「はい、父上」
「範囲系の幻術はあんまり効かないだろうから、気を付けろよ」
相手が人間ならば、ポーチの幻覚だけでほぼ完封できただろう。
だが上級の魔物となればそうはいかない。
銀妖剣は広範囲に影響を及ぼす分、その効果はそれ程強くはなかった。
魔物は思考や倫理ではなく、強い本能で動く為幻術などへの抵抗が強い。
その為上級クラスにもなって来ると、弱い幻術では簡単に見破られてしまうのだ。
まあそれでも強力な幻術は普通に効くだろうし、ポーチの能力なら大丈夫だと思うが、念の為忠告しておいた。
「心得ました」
彼女は素直に頷くと、後ろに下がる。
聖王女の背後をカバーする気なのだろう。
「お前ら二人の相手はこの俺がしてやる」
前に出て、俺は白尽くめと老婆を睨み付けた。
こいつらを倒せばレベルアップ間違いなしなので、ついつい緩みそうになる頬に力を籠める。
流石ににやつくのはあれだからな。
「ふ、良い度胸だ。こいつは俺が八つ裂きにする。婆や、手を出すなよ。他の者もだ」
どうやらこいつは俺とタイマンを張る気らしい。
プライドの高い吸血鬼らしい行動だ。
だが実力差を突き付けられた時、その強気がいつまで持つのか見ものではある。
「かかってこい」
ヴァンパイアは手を此方に向けて、挑発する様に指先をくいくい動かす。
安い挑発だった。
――何より、せこい手だ。
俺は自分の側面に拳を突き出す。
拳の先に僅かに何かが触れた感触。
どうやら、すんでの所で躱されてしまった様だ。
「幻術なんて俺には通用しないぜ」
「貴様……」
挑発していたヴァンパイアは幻覚だった。
俺が前を向いている隙に横から襲うつもりだったのだろうが、そんな手は俺には通用しない。
俺は掌を向ける。
ヴァンパイアではなく、それとは反対方向。
魔物達が比較的密集している場所に。
「
俺の手から放たれた紅蓮の火球は、間抜けに口を開けていた魔物――
それは瞬く間に魔物を飲み込み、更には周囲の魔物達をも巨大な火柱となって蹂躙していく。
その一撃で20匹近くが消し炭みに変わり、周囲の魔物達が慌てふためいた。
「貴様……」
不意の一撃に腹を立てたのか、ヴァンパイアの声が低くなった。
自分も不意打ちをかけておいて勝手な奴だ。
俺は奴を無視して、もう一発放つべく別の方向へと手を向ける。
「舐めるなよ!貴様の相手は私だと言っただろう!」
だがそれを遮るかの様に、ヴァンパイアの男が突っ込んで来た。
勿論これは罠だ。
相手は上手く引っ掛かってくれた。
俺は掌を奴へと向ける。
「なに!?」
ヴァンパイアが咄嗟に急ブレーキをかけようとするが、もう遅い。
「
俺の手から放たれた魔法の力が奴に直撃し、強い力で俺へと引き寄せる。
「ぬぅぅ!こんな物!」
奴はその吸引力に堪え、その場に踏ん張り留まった。
流石に吸血鬼だけあって、人間の様に簡単には吸引させてくれない様だ。
まあそれは最初から分かっていた事だし、全く問題ない
――重要なのは、相手の動きが止まる事だ。
「カオスパンチ!」
俺の拳が奴の腹部に深々と突き刺さった。
パワーによる衝撃が弾け、奴は盛大に吹き飛んでいく。
「がぁぁぁぁぁ!!!!」
本来、普通に殴られただけではヴァンパイアは痛みなど感じない。
だが俺の拳はパッシブスキルによって、奴にとっての致命打になっている。
奴からすれば太陽にボディブローをかまされた様なものだ。
さぞ痛かろう。
奴は痛みにもがき苦しみ。
涎を垂らしながらゴロゴロとみっともなく地面を転がり回る。
「うむ、作戦成功」
最初の一撃を躱された時、身体能力の半減した変身状態では奴の素早い動きを完全に捉えるのが難しいと俺は判断した。
そこで奴が無造作に突っ込んで来る様に仕向け、魔法で足が止まった所に必殺の一撃をお見舞いしてやったという訳だ。
ま、何にも考えず魔法連発の力押しでも良かったのだが、それだと負けフラグっぽくて嫌なので辞めておいた。
「坊ちゃま!?」
異変に気付き、老婆が倒れているヴァンパイアへと駆け寄る。
「ぐぅぅぅ……婆や……痛い……痛いよ」
「どうかお気を確かに」
痛みに苦しむヴァンパイアが婆さんに泣きつく。
自分が相手をすると言ってからまだ30秒も立っていない。
最上級の魔物とは言え、今の俺の手にかかればまあこんな物だ。
ポーチ達の方へと視線を移す。
聖王女は既に剣を手放しており、拳で危なげなく魔物と戦っていた。
「ぐぇぇ……」
レッサーヴァンパイアが王女の一撃を受けてもがき苦しむ。
どうやら彼女の拳には、聖なる力が宿っている様だ。
脳筋ではあるが、流石“聖”王女だけはあると感心する。
他の奴らの方も、見事な連携プレイで魔物の猛攻を何とか凌いでいた。
ポーチはその隙を付こうとする魔物を始末したり、聖王女の背後をフォローするように動いている。
状況は此方が圧倒的有利。
この様子なら5分と立たずに決着がつくだろう。
俺達の圧勝だ。
「己……よくも坊ちゃまを……貴様、生きて帰れると思うなよ!」
婆さんの口から、低く響くような怨嗟の声が紡がれる。
それと同時に殺気が膨れ上がり、その目が赤く輝いた。
「殺してやるぅ!殺してやるぞぉ!」
殺意の籠った言葉と共に、老婆の体が大きく膨れ上がっていく。
やがて身に纏ったローブは弾け飛び、醜悪な形へと姿を変える。
「アラクネクイーンか」
その姿は、蜘蛛の下半身と人の上半身を持つ化け物のそれだった。
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