第65話 ラブレター

「あそこか……遺跡というより壁だな」


聖都から西に半日程に、ちょっとした岩山に囲まれた――というよりは、岩山を刳り貫いて作ったかのような遺跡があった。

絶壁に近い壁面に、ぽつぽつと覗き穴の様な物が開いているだけの外観だ。


「何百年か前の、聖王国が出来る以前の建造物らしいわ」


バニラが説明してくれる。

岩を刳り貫いて作ってあるだけあって、長い年月にも耐える頑丈さを兼ね備えてはいる様だが、どう考えても集会が行われる様な場所には思えない。

ま、最初っから分かってはいた事だが。


「どんな感じ?」


ポーチに疑問を投げかける。


「かなりの数の魔物が潜んでいる様です」


「魔物?ここって魔物の住処なのか?」


「廃棄されてから相当立っているから、魔物が巣食っていてもおかしくは無いわね」


成程。

魔物と戦わせて、その背後から此方に奇襲をかける作戦という訳か。

相手も考えてるな。


「姫様に伝えた方が良いんじゃないか?」


壁面まではまだ少し距離がある。

俺達は岩山の谷間――遺跡が見える位置――で休憩している訳だが、姫様とは少し距離が離れていた。

態々距離を開けているのは、近づくと親衛隊が睨んでくるためだ。

それだと居心地が悪いので、距離を開けている。


どうやら聖王女に溜口をきいた一件で、俺は彼らに相当嫌われてしまった様だ。

彼らにとっては忠誠を誓う貴人な訳だから、腹が立つのも分からなくはない。


だが仮にも此方は協力者である。

もう少しフレンドリーに接する事は出来ん物だろうか?


まあ相手はほぼ男だし、紅一点の女性もムキムキのぺったんだから嫌われた所で痛くも痒くもないからいいけど。


「大丈夫よ。その辺りは初めっから織り込み済みだから」


俺は何も考えずに付いて来たが、王族だけあってちゃんと考えて行動している様だ。


しかし魔物と暗殺者を同時に相手するとか、豪胆な姫さんだな。

それだけ俺達の事を信頼してくれているという証でもあるが。


というか、最早俺に惚れていてもおかしくはない。

それ位大活躍している。


俺は懐に忍ばせた手紙を取り出す。

これは魂の叫びを凝縮して綴った手紙だ。

何としても、後でこれを彼女に手渡さなければならない。


「何です?その手紙」


「ああ、気にしないでくれ」


バニラに託しても良かったが、中身を検められると不味い事になる。

「褒美におっぱい揉ませてください」と書いているからな。

ちゃんと自分の手で渡さなければ。


親衛隊の目を掻い潜って届けるのは、ある意味これから始まる戦闘より難解だ。

だが命をとしてでもやり遂げる価値はあるだろう。

そう俺は確信していた。


「父上、魔物が寄ってきます」


「ん?」


ポーチの言葉に、視線をバニラの胸元から遺跡へと移す。

だが動きがある様には見えない。


「遺跡からは一匹も出てきてないけど?」


「遺跡ではありません。周囲から、かなりの数がこの場を取り囲むように動いています」


ひょっとして魔物使いテイマーみたいなのが哭死鳥にいて、魔物を使って此方を包囲しようとしているのだろうか?


例えそうだったとしても妙だな。

まだ遺跡迄は少し距離がある。

普通に考えて、襲って来るのは遺跡に入ってからの筈。

でないと魔物との挟撃を取れなくなってしまう。


「人間はどれぐらいいるんだ?」


「私の察知できる範囲には、人間はいません。魔物だけです。それと……どうやら魔物の中に最上級の物が2体ほど混ざっている様です」


「最上級?」


俺は眉根を顰めた。

最上級の魔物は強力な力を持っている。

そのため、虚弱な人間が簡単に御せる様な相手ではないからだ。


面倒臭い奴らが混ざって……

いや、逆に美味いのか。


最上級は経験値がべらぼうに高いからな。

これは良いレベルアップのチャンスになる。


「魔物はどれぐらいいるんだ?」


「80体程です。件の2体以外は恐らくすべて上級の魔物で、遺跡と合わせると120体位かと」


「最上級が2体に上級の魔物が120体!?早く報告しなくっちゃ!!」


話を横から聞いていたバニラが、大声を上げて駆けていく。

聖王女の居る場所へ。


まあ人間からしたら、最上級に加えて大量の上級の魔物は大事だから慌てるのも無理はない。


「最上級2体は俺が狩るから、その間ポーチは無理ない程度に上級を狩っといてくれ」


「はい、父上」


流石に姫様達は邪魔なので、俺の転移魔法でとっとと帰ってもらうとしよう。

彼女達がいたら、最悪の事態への対応――変身を解いて全力で戦う事も出来ないし。


「話は本当か!」


聖王女が親衛隊を引き連れて此方へとやって来た。

彼女は深刻な表情をしているが、親衛隊の奴らは胡散臭げに俺を見る。

此方の言う事を信じていないのだろう。


「ああ、ほら」


俺は遺跡を指さす。

丁度遺跡から、何体もの凶悪な魔物の姿が飛び出してくるのが見えた。

それらは真っすぐに此方へと向かって来ている。


「あれは!?ワータイガーか!?」


「ワイルドベアーやデビルフォックスもいるぞ!」


親衛隊達が色めき立つ。

日が沈んでいるため辺りは既に暗くなってはいるが、彼らは魔法のアイテムで夜間でも周囲を見通す事が出来た。


だからハッキリと見えているのだろう。

遺跡から魔物が飛び出してくる姿が。


「背後からも魔物が!」


此方を取り囲む様に動いていた奴らも姿を現しだす。


「くっ……これだけの魔物の数。ブラド・ヴァレスか……」


姫さんの口にした名は、確か魔物領を治めてる奴の名だった筈。

どうやら哭死鳥はそことも繋がっている様だ。


「危険だから姫さん達は避難してくれ」


「避難?周囲は上級の魔物に包囲されているんだろ?」


そんな状態でどうやって?と言わんばかりに、アッシュが聞いてくる。


「俺はちょっとした転移魔法が使えるから、それで聖都に送るよ」


「おいおい、マジかよ……転移魔法とか大賢者レベルじゃねぇか。それが本当なら、カオスはもう何でありとしか言いようがないぜ」


「ふ、まあな」


アッシュが乾いた笑いを上げる。

俺はそんな彼に、口の端を歪めニヒルに答えた。


初めてやってみて気づいたが、格好をつけて笑うと言うのは案外難しいものだ。

特に視線を王女様のタワワに固定しながらは。


「それじゃあ集まってくれ」


「待て!姫さん達はと言ったな。お前達はどうするつもりだ?」


王女様が疑問を口にする。

中々耳聡い人だ。


「殲滅する。俺の転移魔法は自分にはかけられないからな」


勿論嘘である。

その場に残る為の方便という奴だ。


とっ捕まえて情報を引き出したいし、レベル上げもしたい。

しかもこの状況を切り抜けて生きて帰って来たとなれば、姫さんの中での俺の男前ポイントも間違いなく急上昇する筈。


正に一石三鳥。

気分は最早モミモミ確定ガチャだ。


「そうか……ならば私もこの場に残る!微力ながら貴殿に尽力しよう」


「え?いや、めいわ……じゃなくて危険だ。命を落とすかもしれんし」


危うく本音が出そうになった。

危ない危ない。


「それはそちらも同じ事。下の物を危険に晒し、私だけ逃げる様な真似は出来ん!それにこの場に来ると決めた時から、最悪命を落とす事も覚悟の上だ。気にするな」


ぶっちゃけ、王女様の心配はしていない。

最上級の魔物は俺が狩るし、ポーチがフォローすれば彼女を守り切るのはそこまで難しくはないだろう。


問題は好感度だ。

激闘を潜り抜けて生還するからこその高ポイント。

実際はたいして苦戦などしないので、間近でそれを見られたらモミモミが遠ざかってしまう。


「姫様には我らが付いております!たとえこの命に代えても、お守りして見せましょう!」


「お前達……忠義に感謝する!」


忠義とかいいからとっとと帰れ。

親衛隊こいつらもそう簡単には死なないだろうが、フォローする対象が増えるとそれだけ面倒くさくなる。

冗談抜きで迷惑だ。


「カオス」


聖王女が俺に手を差し出す。

その瞬間、名案が閃いた。

俺は彼女の手を握り――硬った!岩かよ!


まあそれは置いといて。

その際、さり気無く懐から手紙を取り差し出した。


「これは?」


「死ぬ気はないが、万一の保険だ。あんたが生きて帰ったなら、中を検めてくれ」


「わかった」


王女が手紙を受け取り、それを腰の革袋に丸めてしまいこんだ。


よし!成功!


違和感なく自然に手渡す事が出来た。

流石の親衛隊達も、この雰囲気で手渡された物に口出しは出来ないと読んでの行動だったが、思った通りである。


ふ……この勝負、俺の勝ちだ。


好感度は余り上げられないかもしれないが、手紙さえ読ませる事が出来ればほぼ確定待ったなしと言っていいだろう。

ああ、手紙の返事が待ち遠しいぜ。


「ぐぅおぉぉぉぉぉ!」


そんな俺のウキウキ気分を祝福するかの様に、魔物達の雄叫びがあちこちから上がる。


さあ、殲滅開始といこうか

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る