第56話 モヒカン②
「ってぇなぁ。モーヒー、いきなり何しやがる」
モヒカンが立ち上がり、モヒカンの女性に抗議の声を上げる。
モーヒーというのが謎の暗号でないのなら、彼女の名前という事になるだろう。
そして彼女が口にした馬鹿兄貴。
総合すると、彼女の名前はモーヒー・カーンという事になる。
兄弟そろって、日本でなら余程の事がない限り虐めの対象になるであろうDQNネームだ。
此処が異世界で良かったねとしか言いようがない。
「弱そうな奴、ビビらしてんじゃねーよ!」
モーヒーが足を出すが、モヒカン(男)は素早くそれを躱す。
その際、大きな胸がぶるぶる揺れるのを俺は見逃さない。
モヒカン女性には異性としての興味はわかないが、胸に罪はないのだ。
せめて俺が優しく
「何言ってやがる。こいつはB級の冒険者だぞ。ちょっと声を掛けられたぐらいでビビる訳ないだろ」
「え!?」
モーヒーが驚いた様に目を見開く。
B級までなると、冒険者としては一端の扱いを受ける。
まあ
「人は見かけによらないもんだねぇ」
モーヒーが俺の顔を繁々と見つめ、そう呟く。
兄弟そろって同じ事を口にしやがる。
「私はモーヒー・カーン」
俺の推理力は完璧だ!
「そこの悪人面の妹で、A級冒険者よ」
いやいや、貴方のそれはAではなくFですよ。
そう口に出そうになったが、なんとか堪えた。
俺にだって自制心ぐらいあるのだ。
ほんの僅かではあるが。
「誰が悪人面だ!」
どうやら本人には自覚がない様だ。
ご愁傷さまです。
「家の馬鹿兄貴はこんななりしてるけど、困ってる人間を放っておけないお人良しなのよ。きっとあんたが困ってそうだから、声を掛けたんだと思うの。許してやってね」
「そ、そんなんじゃねーよ!」
モヒカンが顔を真っ赤にして否定する。
ひょっとしてツンデレなのだろうか?
だとしたら嫌なツンデレだ。
少なくとも俺はモヒカンツンデレなんてジャンルに興味はない。
しかも男とか、世も末だ。
「俺は只ここでの流儀ををだな!」
「そのなりでやったら脅迫に取られちまうって、何度も言ってるだろ!」
しかしどうやら……この様子だと哭死鳥では無さそうだ。
延々と続く兄妹のくだらない口喧嘩を見ている限り、の話ではあるが。
まあ完全に白と決まった訳でもないので、様子見だな。
「なあ、ここだと目立つし。さっきモーヒが言ってた行きつけの店とやらに行かないか?」
敬語を使おうかとも思ったが、モヒカン相手にそんな気配りはいらないだろう。
ため口で行く事にした。
「お、おう。そうだな」
周囲の注目を集めている事に気づいてか、兄妹揃って気まずそうに頭のモヒカンを撫でる。
どういう感情からくる行動なのか、不思議でしょうが無いんだが?
「こ、こっちだ。付いてきな」
ギルドをでて直ぐ向かいにあった店へと入る。
店内は可愛らしい飾りに、人形やアクセサリーが陳列されていた。
どう見てもファンシーショップだ。
「あんたこんな店に行きつけてんのか!?」
思わず大声で突っ込んでしまう。
モヒカンの癖に何ちゅう店に通ってやがる。
「おう、良い店だぜ」
いい店かどうかは置いておいて、俺達めゃくちゃ浮いてるんだが?
そもそもそれ以前に、行きつけの店に案内するなら普通は飲食店だろ。
こんな居心地の悪い店で立ち話とか拷問かよ。
「おう、マスター」
小柄な可愛らしい女性に声を掛けるモヒカン。
どう見てもマスターって雰囲気ではない。
「いらっしゃいませ。モーヒさん」
どうやら店員さんとは顔見知りらしい。
まあ行きつけの店なら不思議ではないんだが……
「カフェを頼むぜ」
「了解しました。奥へどうぞ」
女性が奥の扉を開き、その先へと案内される。
どうやらこの店には飲食スペースが用意されている様だ。
テーブルに着くと、「お勧めを頼む」そう言ってモヒカンは勝手に俺の分も注文を済ましてしまった。
勝手な奴だ。
「さて」
店員が消えた所でモヒカン兄妹が急にまじめな顔つきになり、雰囲気が変わる。
「出来れば姿を現してくれると有難いんだが」
モヒカンがポーチの居る辺りに向かって声を掛けた。
彼女が姿を消して俺達について来ていた事に、彼らは気づいていた様だ。
幻覚に気付く当たり、かなり腕が立つとみた。
「出てきていいぞ」
俺がそう指示を出すとポーチが姿を現す。
バレてるのなら、隠れている意味は無いからな。
そもそも、只のナンパ対策だし。
まさかこの雰囲気でナンパは始まらないだろう。
「ほう……報告通り。いや、それ以上の美しさだ」
モヒカンがポーチを見て目を細める。
エロい目で見るんじゃねーよ。
しかし報告って事は、やっぱりこいつら哭死鳥なのか?
「兄さん、挨拶が先でしょ」
「おっと、これは失礼した。俺の名はアッシュ・グレイス。そして彼女は妹のバニラ・グレイスだ」
モーヒ・カーンとモーヒー・カーンはどうやら偽名だった様だ。
……ま、そりゃそうだわな。
「まずは謝罪させて貰う。騙す様な真似をして悪かった」
モヒカンが丁寧に頭を下げた。
でも髪型のせいで全く誠意が伝わってこない。
やっぱ人間、見た目って大事だよね。
「俺達はある機関に所属しているエージェントだ。君達の話を聞きたくてここに来て貰った」
「機関?」
哭死鳥は暗殺集団だ。
機関とは自称しないだろう。
そういうのは普通は政府関連だ。
「何故君達がダリア王国との緊張が高まっている中、態々買収をしてまで聖王国迄やって来たのか聞かせて貰いたい」
不正バレてーら。
「返答次第では、我々は君達を拘束する事になる。正直に話してくれ」
まあ仕方がないので、揉め事を避ける意味で俺は素直に口を開いた。
こいつらが只の語りで、仮に哭死鳥だったしても大して問題ないしな。
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