第54話 むっつりスケベ
「まさか
「余程腕に自信ががあるんでしょうな」
まだ昼間だというのに、部屋の中は薄暗い。
窓にはカーテンがきっちりと掛けられており、その光源は部屋の奥にある机の上の球体のみとなっている。
それは人間の頭部大の水晶であり、その中にはある男女の姿が映し出されていた。
そして二つの人影がそれを覗き込んでいる。
「とてもそうは見えんが……」
水晶に移る男は顔をだらしなく崩し、目の前にいる制服の女性――何らかの受付業務に携わっていると思われる――のふくよかな胸を欲望丸出しで舐めるように眺めていた。
明かに知能は低そうだ。
「ですが……拠点を潰し、襲撃を跳ね返している訳ですからのう。何でしたら、私の呪術で始末致しましょうか?ぼっちゃん」
黒いローブを身に纏い、腰を90度近くまで曲げた人影――老婆がにたりと笑う。
顔は鷲鼻が目立ち、ところどころにイボが散らかってとても醜い。
良く物語などで出て来る悪い魔女が実在したなら、きっとこんな見た目なのだろうと言った感じの容貌だ。
「坊ちゃんは止めろ。俺は家を出た身だ。それに手助けはいらん。始末は自分で着ける」
老婆の言葉に、坊ちゃん――まるで女性と見まごうばかりの美貌を持つ、金髪碧眼の青年――と呼ばれた男は苦々し気に応えた。
そうでなくとも、彼は今回の1件で対象の特定に実家の手を借りてしまっている。
プライドの高い彼にとって、これ以上の借りを作る事は許容できる事では無かった。
「左様ですか」
「お前はもう帰れ」
「おやおや。利用するだけ利用して、用が無くなったらポイですか。婆や婆やと良く泣きついて来た、ベーニュ坊ちゃまも立派に成長されたものですな」
老婆は嬉しそうに
醜悪な顔つきではあるが、そこに悪意は感じられない。
純粋に美青年――ベーニュの成長を喜んでいる様だった。
「く……それはもう百年以上前の話だろう」
「私にとっては、まるで昨日の事の様に感じられますわい。ふぇっふぇっふぇ」
老婆は机の上に置いてある大振りの水晶を、筋張った細腕で容易く持ち上げ軽々と腰にかけてある大きめな袋にしまいこむ。
枯れ木の様な吹けば飛ぶ老人の風体をしてはいるが、見かけとは違い壮健の様だ
「まあ帰れと言われましても、暫くは御厄介させて貰いますよ。そう大旦那さまから命じられてますからな」
「ちっ……」
老婆は目を細め、舌打ちをするベーニュを愛おし気に見つめる。
その眼差しは間違いなく、我が子を愛おしむ母親の様に優しい物だ。
だが逆にそれがベーニュをイラつかせてしまう。
彼はぷいと老婆から視線を外し、さっさと出て行けと言わんばかりに「しっしっ」と手首を振った。
それを見て老婆は更に嬉しそうに顔を歪めるが、流石にこれ以上虐めて機嫌を損ねると本気で嫌われかねないと思い、彼女は部屋を後にした――いや、後にしようとして、ドアノブを掴んだところで振り返る。
「ああ、そうそう。坊ちゃまもそろそろ、眷属を持たれては如何ですかな?」
「何だ、唐突に?」
「あの男の連れ、銀髪の女性は早々お目にかかれぬ美貌の持ち主。只殺すには惜しいと思いましてな」
老婆は気づいていた。
水晶に移った女の姿にベーニュが見惚れていたのを。
「腕もかなり立つようですし。折角ですので、この際お手を付けられては如何ですかな?」
ベーニュは女性に囲まれ甘やかされて育ってきたせいか、異性に対するアプローチが消極的だと老婆は考えていた。
独り立ちするなら、女性を自分から強引に手に入れられる位でないと話にならない。
「ふ、ふん。考えておく」
「では……」
ベーニュの可愛らしい反応に頬を崩し、老婆は今度こそ部屋を後にする。
「眷属か……」
真っ暗な部屋でベーニュは一人呟く。
一目見た時から銀髪の女性――ポーチを手に入れたいと彼は考えていた。
だが只美しいからという理由で手に入れたのでは、周りから下世話に勘繰られてしまう。
プライドの高い彼はそれが嫌だった。
そしてこれまで眷属を取る事を避けて来たのも、そう言った側面からであった。
「まあだが……婆やが強く勧めるのなら仕方ないな」
世話になっている相手の勧めを無碍に断る訳にはいかない。
そう、これは婆やの頼みだから――そう心の中で言い訳し、ベーニュは暗闇の中でにたりと美しい口元を歪める。
その微笑みは――間違いなくむっつりスケベのアレだった。
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