第45話 祝い
「あ!アレク先輩、こっちです」
高級感漂う安居酒屋、見掛け倒し邸。
その奥の通路から、一人の男が声を上げ手を振る。
店に入って来たばかりの金髪碧眼の偉丈夫――アレクに向かい。
本来高級店でこんな騒がしい行動を取れば、一発で抓み出されてしまうだろう。
だがここはあくまでも高級店風の居酒屋だ。
見た目はしっかりとした作りだが、出てくる酒と料理はそう大した物ではない。
それゆえ男の行動は許容される。
寧ろ通常運転レベルだ。
「よう、カーズ」
それにアレクは手を上げて答え。
騒がしい男――カーズの案内で店の奥にある個室に連れていかれる。
「お前らももうAランクパーティーなんだから、もっといい店使えよ」
「ははは、いつまでも初心忘れるべからずですよ」
カーズの所属するパーティーは、つい最近Aランク認定を受けている。
冒険者には等級が存在するが、それとは別に、ギルドに登録してあるパーティーにもランクが振り分けられる。
冒険者の個人技量を表す等級と、パーティーのランクは基本的には別物だ。
だがそれは只の建前でしかない。
高位の冒険者が所属する場合、余程低位のメンバーを率いるといった特別な事情でもない限りは、所属する冒険者の最高等級が=パーティーランクに直結する。
つまりAランクパーティーへの昇進は、カーズのA級冒険者昇格も意味していた。
「しかしお前がA級ねぇ……あの泣き虫小僧が」
「その話はやめてくださいよ。ガキの頃の話じゃないですか」
二人は同郷の出であり、所謂幼馴染という奴だ。
年齢は弟分のカーズが二つ下で26歳。
子供の頃は泣き虫で、よくアレクにいじめっ子などから守って貰っていた過去を持つ。
「「「アレクさん!復帰おめでとうございます!」」」
カーズが個室の扉を開け、アレクが室内に入ると祝言が一斉に浴びせかけられる。
中にはカーズがリーダーを務めるパーティー、疾風迅雷の面々がグラスを手に彼を待ち受けていた。
疾風迅雷はリーダーのカーズがS級冒険者のアレクと幼馴染である事から、その交流は深かった。
アレクの所属する疾風怒濤――疾風迅雷はそのパーティーから名を一部貰っている――とは、パーティー単位での付き合いとなっている。
「ありがとう」
今日からアレクは謹慎が解け、冒険者としての活動を再開する事になっている。
この集いは、彼らのAランク昇進と合わせてそれを祝うための物だった。
「うちのメンバーは薄情だからな。嬉しいよ」
「ははは、Sクラスパーティーは何処も引っ張りだこですからね」
謹慎を受けているのはリーダーのアレクだけだった。
その為、他の面子は普段通り仕事をしている。
本来はアレクの復帰祝いを彼らも盛大に行うはずだったのだが、数日前急遽重要なクエストが疾風怒濤に割り振られたため、今日のこの席には参加できくなってしまったのだ。
「じゃあ乾杯と行きましょーか!」
カーズはアレクを上座に座らせ、銅の盃を手に取る。
「じゃあ俺らのAランク昇進と、先輩の復帰を祝して!カンパーイ!」
「「「カンパーイ!!」」」
グラスとグラスが乱雑に叩きつけられ、皆一気に中身を煽る。
テーブルに酒が零れて少し汚れるが、誰もその事を気にはしない。
それが冒険者の流儀だ。
そして高収入にも拘わらず、催しが高級な店ではなくこの見掛け倒し邸で行われる最大の理由がこれであった。
もし高級店で同じように乾杯などしよう物なら、グラスは砕け、その後のどんちゃん騒ぎで店から追い出されていた事だろう。
「お、それが例の剣っすか!」
酒が進んでくると、酔ったカーズがアレクの腰にあるひと振りの剣に目を止める。
明かに通常の剣とは思えないそれに、顔を近づけてまじまじと見つめ、興味から無造作に手を伸ばす。
途端、アレクのデコピンがカーズの眉間に突き刺さる。
「あいったぁ!」
S級冒険者であるアレクは、素手で岩をも砕く握力を持つ。
そんな男のデコピンだ。
喰らった方は溜まった物ではない。
カーズは余りの痛みに、呻き声を上げて
「バーカ。他人の武器に気安く触ろうとすんじゃねーよ」
これはアレクの言うとおりだった。
冒険者にとって、武器は商売道具だ。
それに気安く手を触れる事はタブーに近い。
とは言え、A級に席を置くカーズもそのくらいの事は心得ていた。
普段の彼ならこんなミスはやらかさないだろう。
酒とは恐ろしい物である。
「す、すんません。でも、もうちょっと手加減してくれてもいいんじゃないかと」
「男にしてやる手加減なんてねーよ」
「ちぇ、ひでーなー」
カーズは痛む眉間を優しくさすりながら口を尖らせる。
いい年した男がやっても全く可愛げが無い。
「しかし50億の剣すか。やばいっすねぇ」
「まあな、全財産叩いて買った俺のお宝だ。次はデコピンじゃ済まねぇぜ」
「ははは、気を付けますよ。ああ、そうそう!お宝と言えばこれを見てくださいよ!」
カーズは自分の懐からあるペンダントを取り出した。
蓋を開けると、見事な意匠の施された小さな飾りが姿を現す。
「ライトタイガーの骨か」
ライトタイガーは森林地帯に好んで生息する、希少な上級モンスターだ。
その骨には大量の魔力が含まれ、薄っすらと淡い光を放つ事から高額で取引される素材となっている。
「自分達で取って来たんすよ!」
横合いから口が挟まれ、疾風迅雷の面子がそれぞれにペンダントを取り出しアレクに見せつけた。
中の飾りは全員共通で、それがパーティーの結束を示すものだと一目でわかる。
「ほう。ライトタイガーの生息地つったら、他にも危険な上級のモンスターが出る様な場所だろ?」
「俺達疾風迅雷はAランクパーティーっすよ。それ位余裕ですって」
「へ、言うじゃねーか」
Aランクパーティーともなれば、上級モンスターを狩る事は可能だ。
だがそれは単体を相手にする場合の話に限る。
複数に囲まれれば、Aランクのパーティーでは厳しいだろう。
自分達の手で危険を乗り越え、それを成し遂げた彼らにアレクは素直に感心する。
「まあ実際は、ミスって全滅しそうになったんですけどね」
「そうそう、やばかったんすよ」
「いやー、あれは危なかったわぁ」
疾風迅雷の面々は口々にやばかっただの、死ぬかと思っただのと無軌道に口にする。
「お前ら、少し大げさすぎだろう」
その様にアレクは苦笑いする。
彼らを見る限り、死者や怪我人が出ている様子はないからだ。
そもそもそんな人間がいたら、この祝いの席は無かっただろう。
「いや、マジでやばかったですよ。上級3匹の集団と遭遇して、やばいってんで逃げたら途中で他の上級モンスター2匹引っかけて」
「おいおい。それがマジなら何でお前ら生きて帰って来れてるんだ?ひょっとしてここにいるの、全員幽霊じゃないだろうな?」
「いやいや、これ
アレクはカーズの言葉が、話を盛り上げるために盛られた物だと判断していた。
恐らくモンスターの数やランクを水増ししているのだろうと。
「実は私達、すっごい美少女に助けられたんです!」
疾風迅雷の女魔導師が身を乗り出し、力説を始める。
「空からすって現れて!あのワイルドベアの巨体を片手で受け止めちゃったんですよ!しかもそのまま頭握りつぶして!本当に凄かったんですから!」
「そんな馬鹿な……」
S級のアレクですら、そんな力技をやってのけるのは難しい。
ましてや女の子がそれをやったなどと、益々話の信憑性が薄れるという物だ。
「背中に翼が生えてたんで、多分亜人っす!」
他の面子が補足を入れる。
まあ羽が生えている時点で多分ではなく、間違いなくなのだが。
「返り血を浴びて少し怖かったですけど、超凄かったですよ!」
「俺なんて怖すぎて夢にまで出たからな」
「なっさけねぇなぁ」
疾風迅雷の面々は、その謎の美少女の事を熱っぽく口にする。
その熱く語る姿に、冗談ではなくそれが事実なのではないかとアレクは思い始めた。
「亜人か……」
アレクはそれ程亜人に詳しくはないが、亜人は基本的に人間より身体能力が高く、総じて戦闘能力が高い傾向にある事ぐらいは知っていた。
その中でも、一部特殊な種族は出鱈目な強さを持っているとも。
「そう言えば、ポーチさんも亜人だったな」
彼は自分の思い人に心を馳せる。
彼女は今頃何をしているのだろう、と。
気分は恋する乙女だ。
「ポーチって誰です?」
その言葉を耳聡く聞きつけたカーズが、興味津々気にアレクに尋ねた。
「ふ、俺の妻になる女性さ」
「え?マジっすか!?」
勿論只の思い込みでしかない。
だがもうその気になっているアレクは、自慢げにポーチの事を熱く語り出した。
その場はアレクの恋バナと謎の美少女の話で大いに盛り上がり、日付を跨いで深夜まで宴は続く。
「はー、飲んだ飲んだ」
閉店に合わせて会はお開きとなり、店から出た所で――
「……」
――アレクは足を止める。
不穏な気配を感じたからだ。
それも複数。
辺りに人影らしき物は見当たらない。
だが確かに彼は感じたのだ。
闇に溶け込み、息を殺して移動する者達の気配を。
「先輩?どうかしましたか?」
「ちょっと用事が出来た。俺はこれで失礼させて貰うよ」
そう言うとアレクは駆けだす。
足音も立てずに。
その足どりは、まるで暗闇で獲物を狩る肉食獣の如く静かで速い。
「何をする気なのやら」
こんな夜分に気配を殺した集団が移動している。
それで何も起きない訳がない。
アレクは彼らの犯罪を阻止するべく後を追う。
その向かう先が先程まで話題になっていた美少女と、愛する女性の暮らす屋敷だとは知らずに。
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