第46話 明日は雨

「ふわあぁぁぁぁぁ」


深夜、突如目が覚める。

普段この時間帯に狩りをしている弊害だろう。

気付け代わりに、枕元に置いておいた焼き芋のタルトの包みを向いて齧った。


「くぅぅ、上手いべぇ」


口の中に濃厚な芋の甘みが広がり、五臓六腑に染み渡る。

わが身の幸せを噛み締めつつ、私は異変に気付く。

野生の本能から、敵意を持つ何者かが此方――屋敷に忍び寄るのが感じられたのだ。


「ふむ」


今夜はカオス達がいない。

その為、狩りには行かず――カオスには、サラ達の護衛をするからという名目でクエストを断っている――屋敷で惰眠を貪っていた訳だが。


「面倒くさいべな」


向かって来るのが高レベルの魔物ならレベル上げになる為構わないのだが、気配からして相手は人間だ。

人間は仮に高レベルだったとしても、経験値は殆ど入らない。

そのため相手にするのは正に時間の無駄である。


「ま、しょうがないべか」


「ふゎあ」と再度小さく欠伸をして部屋を出た。

その際、リンゴのパイを手に取る事を忘れない。

それをむしゃむしゃと齧りながら、私はサラ達の部屋へと向かう。


パイ生地が噛むたびにポロポロと零れ、廊下を汚す。

サラ辺りは行儀悪いと騒ぐだろうが、緊急事態だからしょうが無い。

腹が減っては戦は出来ぬ、だ。


ま、別にお腹は空いてはいないが。


「起きるべ」


サラ達の寝室に入ってその耳を掴む。

屋敷は無駄に大きいにもかかわらず、彼女達は何故か一つの部屋で眠りに着いている。

開いている部屋を使えばいいのにと思うが、そのお陰で起こすのが楽だなのでまあ良しとしよう。


「あいたたた……ちょっ!耳を引っ張るでない!!」


先ずはサラが飛び起きた。

彼女は寝起きが良い。


「あの?どうかしたのですか?」


その声でニーアが目を覚まし、不安げに尋ねてくる。

緊急事態だと本能的に察したのだろう。

勘のいい女だ。


「襲撃だべ」


そう口にすると、二人の顔色が変わる。

それは彼女らを護衛する事になる自分に対して、すこぶる失礼な反応ではあった。

だがまあ彼女達に力を見せた事がないので、不安がるのも仕方ないか。


「庭に出るべ」


「に、庭にですか」


「外に出たら危ないではないか!」


「中に居ても一緒だべ」


侵入者は当然屋敷にも侵入してくるだろう。

そうなると、屋敷が無駄に散らかるのは目に見えていた。


普段からゴミを散らかす身ではあるが、自分がやるのと人がやるのでは意味合いが違って来る。

他人に荒らされるのは腹が立つので、外(庭)で迎え撃つ事にする。

その際彼女達を屋敷に残すと、別動隊も気にしなければならなくなるので一緒に連れて行くのだ。


「さっさとするべ」


「ちょ……」


寝癖を整えようとするサラを軽く片手で持ち上げ、脇に抱える。

乙女としては身だしなみが気になるのだろうが、そんな事をちんたらしていたら屋敷に侵入されてしまう。


「いくべや」


窓を開け放ち。

更に片手でニーアを抱え、そこから飛びおりた。

空を見上げると、今夜は曇り空で月が見えない。


――明日は雨だな。


そんな事を考えながら、羽根を羽搏かせゆっくりと中庭に着地する。

そしてすぐにスキルで結界を生み出し、彼女達をその中に押し込んだ。


「そこで大人しくしてるべ」


「これは本当に大丈夫なのか?」


結界をペタペタと夏側から手で触り、サラが聞いてくる。


「問題ないべ」


種族固有のスキル、竜人の守護だ。

強力な結界を張るスキルで、今の自分の力で張った結界なら、最上級のモンスターでも容易く破る事は出来ないだろう。

ましてや人間なら猶更である。


「さっさと出てくるべ」


姿は消している様だが、気配や匂いははっきりと嗅ぎ取れた。

侵入者は既に自分達を取り囲んでいる。


その数は6人。

全てここに集まっている事から、狙い通り屋敷が荒らされる心配はなさそうだ。


「ほほう、気づいていたか。それにその結界、貴様只の亜人の子供ではないな」


侵入者が一斉に姿を現す。

背後から「ひっ」とサラの悲鳴が聞こえた。

襲撃者がいるとちゃんと伝えている筈なのに、なぜ驚くのか不思議でしょうがない。


しかし舐められたものだ。

バレているからと言って、全員姿を堂々と表すとは。

それは6人いれば、自分を問題なく倒せると踏んだという事の表れだろう。


――私の結界を見てなおその判断。


無能なのか……それともこの幼い姿に思考が引っ張られての事なのか。

どちらにしろ、分からせてやる必要がある様だ。


自分達の判断が如何に愚かで。


その行動が如何に無謀であったかを。

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