第43話 お菓子(前)

爪に着いた血と肉の欠片を舌で舐めとる。

鉄臭い味と、生ぬるい肉の触感に眉根を顰めた。


「いまいちだべ」


今一どころか不味いまである。

以前はこれらの味を愛し、貪り喰らっていたというのに。


「種族が変わると、味覚がこうも変わっちまうんだべか」


ベア系統から竜人へと変異していらい、魔物を食べても余り美味しく感じなくなってしまっていた。

最初は一時的な物かとも思ったが、この味覚の変化は永続の様だ。


「帰って菓子でもくうっぺや」


人間の作る料理は一部――野菜系――を除いて美味だ。

特に甘い系のお菓子は無敵と言っていい。


だから個人的には3食お菓子が理想的なのだが……


「あいつら五月蠅いんだべ」


特にカオスは、健康や成長がどうたらこうたらと五月蠅かった。

以前ならパンチ一発で黙らせていたのだが、残念ながら今の自分のパワーでは真面にダメージを与える事も出来ないだろう。

厄介極まりない話だ。


まあだからこそ、こうやってレベル上げをしている訳だが。


足元には、八つ裂きにした魔物達の死体が累々と転がっている。

これらは全て上級の魔物だ。


現在のレベルは36。

強さは変異前の最上級モンスター、ゴールデンベアだった頃とほぼ並んでいる。

その為、最早上級の魔物すら自分の敵ではなかった。


だがそれでも尚、カオスには遠く及ばない。

変身で弱体化している状態ですら勝つのは難しいだろう。


「いつまでもデカい顔させておくわけには行かないべ」


カオスに追いつき。

そして追い越す。

その為、毎夜私は狩りに勤しんでいた。


「ポーチには悪いっぺがや、しかたね」


カオス達は冒険者として魔物を狩ってはいるが、それにはクエストだのなんだのと色々複雑な手続きや人としての活動が挟まる。

そしてそれは、レベル上げとしてはかなり効率が悪い行動だ。


ポーチは律義にそれに付き合っている様だが、自分は上記の理由からパスして単独で狩りをしていた。

その為、ポーチとはもうかなりのレベル差がついてしまっている。


彼女とは良きライバル同士だと思っている身としては、抜け駆けしている様で少し気が引けてしまうが……

まあカオスに並んだ後、彼女のレベル上げを手伝う事でその辺りはチャラでいいだろう。


今は兎に角、カオスに追いつく事だ。

変異も態々その為にしたのだから。


――カオスの力は出鱈目だ。


上級の間はレベル差もあってか、此方が常にリードしている感じだった。

だが最上級モンスターに変わった事でカオスはその力を一気に開花させ、大逆転して来た。


此方の攻撃では大してダメージを与えられず。

与えても、強力な自然回復スキルで瞬く間に修復してしまう。

更に攻撃を喰らえば致命的弱点を植え付けられ、その状態でカオスに本気で攻撃されれば即死しかねない。


其れは正に、圧倒的としか言いようのない力の差だった。


それがムカついたから私は変異したのだ。

レベルでは埋めがたい圧倒的差。

それを埋めるために。


「あいつが変異できないのはラッキーだったべ」


理由は分からないが、カオスは変異が出来ないと言っていた。

もし彼が変異出来ていた場合、条件が同じになるので、その差を埋めるのが難しくなっていた事だろう。


地面をとんと軽く蹴る。

同時に背中の羽根を羽搏かせると、体がふわりと宙に浮いた。

其の儘そのまま垂直に上昇して森の木々を抜け、上空に躍り出る。


「いい月だべ」


空には真っ白な月が輝いていた。

翼を広げ、全身でそれを受け止める。


まさにお菓子日和だ。


部屋に帰ったら鱈腹たらふく――


「んっ?」


自然の物とは違う音が聞こえて来る。

耳を澄ますと、それは人間の怒号と悲鳴の様な物だった。

そこに魔物達の雄叫びの声が混ざっている。


鎧金属の擦れる音から察するに、恐らく狩りをしていた冒険者が魔物に追い込まれているのだろう。


「ま、どうでもいいべ」


女の声が混ざっていたのでカオスなら助けに向かったかもしれないが、私はその辺りに興味はない。


それが純粋な被害者だというなら考えなくもないが、魔物のテリトリーに進んで侵入してくる様な奴は、ある程度覚悟の上で行動している筈である。

その上で戦いに敗れて死ぬのなら、それは自己責任だ。

助けてやる義理は無い。


「さて、帰――」


風に乗って来るある匂いに気付き言葉を途切れさせ、私は鼻をひくつかせる。

甘い匂い。

それは風上――人間達の居る辺りから漂って来ていた。


間違いなくこれは甘い菓子の匂いだ。


「菓子か……」


家に帰ればお菓子は鱈腹用意されている。

食べ放題だ。

だから量的に+αは必要ない。


だが、どんなに急いでもここから屋敷までは1時間はかかってしまう。

それはつまり、どう足掻こうとも1時間は我慢しなければならないという事に他ならない。


だがここで冒険者達を助けてやれば、恩を売って彼らの手持ちの菓子類をかっぱらう事も可能だろう。

彼らは助かり、私は菓子を得る。


それは正にWINーWINと言えるのではないか?。


「折角だし、頂くとすっぺか」


メリットが見込めるなら、人助けも悪くは無い。

私は翼を羽搏かせ、現場へと急いだ。

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