第41話 同い年?
「早く帰って来られるといいですね?」
「ああ」
屋敷の門扉の前に立っていると、ニーアに声を掛けられる。
その両手にはトレーが握られていた。
どうやら私への食事を持ってきてくれたらしい。
「感謝する」
以前なら、人間は食料にしか見えなかった。
だが父上の勧めで亜人へと変化して以来、今は彼らを食べようという気が全く起こらない。
自身のそんな変化に戸惑いつつも、それが父上の望まれた事ならばと素直に受け入れる。
ニーアからトレーを受け取った私はその場で胡坐をかき、それを股間に置く。
トレーの上には、湯気を上げている白くとろみのあるスープ――シチューが椀に入っており。
横の皿の上には白いパンが置いてあった。
私はパンを千切り、シチューに浸してから口に運ぶ。
パンの甘みとシチューの旨味が混じり、何とも言えない味を醸し出す。
「美味いな」
「ありがとうございます」
人間に混ざって生活するようになって一番驚いたのが、この食事だ。
彼らの生み出す料理なる物は、それまで私が口にしていた魔物の肉とは一線を画していた。
しかもメニューによってその味は多彩で、それらを生み出した人間を大した物だと私は心から感心している。
「ニーア!バッタじゃ!バッタを掴まえたぞ!」
赤毛の少女――サラが此方に駆けよって来る。
その手には大きなバッタが握られていた。
「まあまあ姫様。お見事ですわ」
「ニーア、姫は止めるのじゃ!私は今只のサラなのじゃ!」
「そ、そうですね。申し訳ありません」
彼女達――正確にはサラは特殊な亜人種のハイエルフであり、人間に命を狙われる身だった。
その為身分を偽り、父上の手でもって姿形を変えてここで生活している。
サラはニーアに姫と呼ぶ事を禁じていた。
それが自分達の特定に繋がるのを恐れての事だろう。
「分かればよい」
父上がこの屋敷から出て行って、もう既に3日たつ。
不死身の父上の身に何かあるとは思っていないが、傍に居られないと、それだけでそわそわしてしまう。
こんなざまでは、いつまでたっても父上への恩返しなど夢のまた夢だ。
私はもっと強くならなければならない。
「御馳走様」
私は立ちあ上がり、感謝の言葉をニーアにかける。
「うむ、完食しておるな。ベーアとは偉い違いじゃ。あ奴は菓子ばかり食っておる」
ベーアは好き嫌いが激しい。
別に人間の作る料理自体が気に入らないという訳ではないだろう。
その証拠に、サラが言うように菓子と呼ばれる甘味系の食べ物は好んで貪っている。
「困ったものだ」
父上はちゃんと御飯を食べろとベーアに注意していたが、彼女はその言葉を無視して自由気ままに菓子ばかり口にしていた。
まあ元がベア系の魔物だったので、自由奔放なのはある程度仕方のない事なのかもしれないが。
「好き嫌いしておっては大きくなれんというのに」
大きくなるかは種族や資質次第な気もするが、人系の種族は、色々な物を口にする事で形質に差が出ると考えている様だ。
今度それが本当か父上に聞いてみるとしよう。
「この小さく愛らしい姿が良いんでねぇべか」
「げ!?」
突如上空から声を掛けられ、サラが変な声を上げる。
どうやらベーアの接近に気づいていなかった様だ。
「い、今のは悪口ではないぞ!お主の事を心配してだな……」
「大きなお世話だべ」
「あいったぁ!」
サラは警戒して身を引く。
だがそれよりも早く、ベーアは彼女の頭の上に拳骨を落とした。
彼女は短気で手が早い。
その為か、サラはベーアを少し恐れている様だ。
だが彼女はちゃんと手加減をしている。
本気なら、今頃サラの頭部はなくなっている事だろう。
だから決して恐れる必要などないのだが。
「ガキが、他者の生き様に偉そうに口出しすんでねぇ」
「誰がガキじゃ!子供はお主の方じゃろう!」
サラは薄っすらと目の端に涙を浮かばせ、抗議の声を上げる。
だがその抗議は的外れだ。
何故なら彼女は――
「これは種族的な特徴だべ。実際はオメェの何倍も生きてるべ」
「はぁ!?何倍じゃと?では何百歳だというのじゃ!」
「へ?」
「私の何倍も生きておるのじゃろう?だから何百年かと聞いておる?」
サラは勝ち誇ったかの様に胸を張る。
彼女は何を言っているのだろう?
その計算だと、まるで自身が100年近く生きているかの様に聞こえるのだが?
チラリとニーアの方を見ると、サラに変わって彼女が説明してくれた。
「私達エルフは成人するまでの経過は人間と大差ありません。ですが上位種たるハイエルフの方々は私達の数倍以上の寿命を持つため、成人までに数百年かかるんです」
「え?そうなんだべか?」
「はい、サラ様はこう見えて100年程生きておられます」
どうやら寿命が長い分、成長が遅い様だ。
「そういう事じゃ!こう見えてニーアよりもずっと長生きなのじゃぞ!」
その割に、彼女は何もできない。
無為に重ねる年月を誇るその思想は、私には正直よく分からなかった。
「つまり、べーアと同い年ぐらいかという事か」
「え!?」
私の言葉に、今度はサラが驚く。
どうやらベーアを自分より年下だと思っていた様だ。
「彼女も100年近く生きているぞ」
「うそ!?」
お互いの年齢を知り、微妙な空気が流れる。
因みに、私は生まれてまだ2年たっていない。
なのでこの中では、私が一番の若輩という事になる。
「ま、まああれだべ……お互い、いい歳なんだから余計な干渉は無しでいくべ」
そう言うとベーアは背中の羽根を羽搏かせ、屋敷の方に飛んで行ってしまった。
サラを子ども扱いしていた彼女からすれば、同い年ぐらいと知って気まずくなったのだろう。
何となくそんな気がする。
まあどうでもいい事だ。
そんな事より、早く父上に帰ってきて欲しい。
私は引き続き門扉の前で、父上の帰宅を待つ。
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