第40話 赤い飲み物

とある最高級のホテル。

そこに備え付けられているレストランの個室で、一組の男女が食事を取っていた。


男は白のスーツを身に着け、胸元に白のナプキンの様な物を挟んでいる。

髪は金髪で肩まで伸ばし、その顔立ちは女性と見まがうばかりの美しい物だった。


その向かいに座る女性は肩の大きく開いた真っ赤なドレスを身に着け、赤い髪をアップで束ねている。

唇には血の様な真っ赤なルージュが引かれ、妖艶な切れ長の瞳で向かいの男を見つめていた。


「聞いたわよ。してやられたらしいわね」


女は愉快気に、グラスに注がれた真っ赤なドリンクを口にする。

男は女の言葉に鋭い視線を送るだけで、口を開く事は無かった。


「相手は何者かしらね?哭死鳥のダリアの拠点を全て一気に潰し、フェニックス家の暗殺の汚名――いえ、栄誉を譲ってくれたのは」


「拠点は使い捨ての物だ。問題ない」


「暗殺の方は?」


「……」


男は黙る。

哭死鳥は暗殺を生業にしていた。

当然、そのターゲットを貴族に狙いを定める事も多々ある。

だが基本的にそれは下位の相手だけだ。


上位貴族や王族に手を出せば、手痛いしっぺ返しが来る事は分かっている。

その為、余程の金額――貴族が破産するレベル――を積まれない限り、そう言った相手に手出しはしない。

リスクにリターンが見合わないからだ。

仮に手を出すにしても、入念に準備を進め、決して証拠は残さず行われる。


だが――


「必ず見つけ出して殺す」


フェニックス家当主の暗殺は、哭死鳥で確定されてしまっていた。

仕事で関わっていた事。

6つあった拠点が綺麗さっぱり引き払われて――実際は潰されて――いた事。

更に執事や警備の者達の証言と合わせて、まず間違いないと判断されてしまったのだ。


お陰で哭死鳥の今後のダリア王国での活動は、相当厳しいものとなっていた。


「困ったら泣きついて来てもいいのよ」


「姉さん。僕はもう子供じゃない。対処は自分で出来る」


「はいはい。どうしようもなくなったら、いつでも家に帰っていらっしゃい」


言葉を軽く流し、女性は極上の微笑みを弟に向ける。

自身の弟が裏家業で頭を張っている事を、彼女はあまり良く思っていなかった。

そのため、哭死鳥などさっさと潰れてしまえばいいとさえ考えていた。


「冗談だろう?100年もかけて大きくしたんだ。冗談じゃない」


たった・・・100年じゃないの」


「兎に角、僕は戻らない!」


「はいはい。それにしてもこれ、美味しいわね」


女性は血の様に赤いドリンクに再び口をつけた。

その芳醇な味に、彼女は恍惚の表情で舌なめずりする。

その姿はとても妖艶だ。


「欲しければ上げるよ。聖女のストックはまだあるし」


「あら、そう?悪いわね。家のはテールが直ぐ壊しちゃうから、雑味が酷いのよねぇ。やっぱり血は、苦痛に気丈に耐える聖女に限るわ」


女性の元へ、ウェイターが赤い飲み物のお代わりを持って来た。

それを見て、彼女は嬉しそうに口の端を吊り上げる。

その唇の端からは、まるで獣の様な鋭い牙が顔を覗かせていた。

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