第36話 悪人死すべし

「た……助かったのじゃ……」


言葉をかけられて気付く。

どうやら直ぐ傍に小さな女の子がいた様だ。

巨乳にばかり目を取られ、全く気付かなかった。


「大丈夫か?」


女の子はエルフだった。

そのビジュアルは一言で言うなら、ザ・美少女だ。

だが俺の守備範囲外なので――但し胸が大きければちっさくても可――その辺りはまあどうでもいいだろう。


「危ない!」


女の子が目を見開き、声を張る。

俺は巨乳を抱えたまま、振り返り様に突っ込んできた男の顔面へと蹴りを叩き込んだ。


ぐしゃっと肉がひしゃげ、骨が砕ける音と感触が伝わって来る。

まあ死んだだろう。

しかし思ったより弱いな。

今の男レベルでは、上級モンスターを到底相手に出来るとは思えないのだが。


「後ろだべ」


上空から声を掛けられた。

ベーアだ。

彼女の背にはドラゴン的な翼生えている。


まあ龍人だからな。


ベーア曰く、走るより飛ぶ方が楽で速いそうそうだ。

その為、彼女は移動をもっぱら飛行で済ませている。


「きゃあ!?」


俺は左手で少女の襟首を掴み、大きく飛び退った。

予告も無くやったせいか、彼女は悲鳴を上げる。


見ると、さっきまで俺の居たあたりに赤黒い刃が煌めいているのが見えた。

但し刃だけだ。

その刃も直ぐに消える。

どうやら姿を隠して行動している様だ。


「最初に蹴っ飛ばしたのは幻覚だべ」


「ベーア。それ位父上もお見通しだ」


ポーチはそう言ってくれるが……


うん、ごめん。

全然気づかなかった。

感触も普通にあったし、幻覚ってスゲーな。


索敵や、隠密の見破りとかは彼女達に軍配が上がる。

カオスにその手の能力が一切ないからだ。

一応感覚はかなり鋭い方ではあるので、人間よりかは優秀ではあるけど。


まあ死んでも直ぐリポップできるから、不意打ちだろうと何だろうとどんと来いという仕様で乳神さまは能力を決めたのだろう。


姿を隠した黒衣の男――忍者マンからの追撃はない。

ポーチの視線がゆっくり動いている事から、補足されている事に気づいて警戒しているのだろう。


「あ……あの……あなたは……」


巨乳のエルフが目を覚まし、訪ねて来る。

さり気無くパイタッチしていたのだが、どうやらそれもここまでの様だ。

無念。


「はっ!姫様!」


「ニーア!」


抱き抱えていた巨乳――ニーアを下ろすと彼女は少女に気づき、二人は喜んで抱き合った。

姫様と呼ばれているので、恐らく少女はエルフの王族のなのだろう。


しかし微笑ましい光景だ。

力強く抱き合う二人を見て思う。


――姫様と変わりたい、と。


あの豊満な胸に顔をすりすりしたい。

心からそう思う。


ええ年した男が、年端も行かない少女に嫉妬する世紀の瞬間である。


「顔に出てるべ」


おっと、いかんいかん。

妄想が顔に出ていた様だ。

ベーアは鋭くて敵わん。


「父上、どうします?殺しますか?」


「なんか他にも気配が近づいて来てるべ?」


成程。

仕掛けなかったのは援軍を待っていたからか。


汚い!

流石忍者汚い!


いやまあ……っぽいってだけで、多分忍者ではないんだろうけど。


「数と強さは分かるか?」


いたいけな巨乳――おまけで少女――を襲った不埒者は成敗してやりたい所だが、手強い様なら撤退も視野に入れる。


変身解けば楽勝だろうが、巨乳の前で化け物に戻るのは嫌だからな。

折角のフラグがへし折れてしまう。


――当然、フラグは立っている前提で俺は動く。


「数は3です。父上」


「強さは、此処のモンスター共より少し弱い位だべな。多分」


全部で4人。

強さは上級モンスターより少し下ぐらいか。

まあそれ位なら問題ないな。


「ひ……」


森の隙間を掻い潜り、音もなく3人の忍者マン達が姿を現した。

その姿を見て姫さんが悲鳴を上げ、ニーアが巨乳を揺らしながら、庇う様に彼女の前に出る。


俺は取り敢えず、カオスチェックで相手の能力を確認しておく。

ベーアを疑う訳ではないが、念には念を入れて、だ。


「あれ?」


俺は姿が見えている3人の能力をチェックするつもりだったのだが、姿を消している男の分も対象に取れた。

お陰で男の居場所が手に取る様に分かる。

これは嬉しい発見だ。


遅れてやって来た忍者マンのレベルは30ちょっと。

姿を消している男は43だ。

恐らくこいつがリーダーだろう。


因みにレベルで考えた場合、人間は魔物に比べるとかなり弱くなる。

人間には進化がないためだ。


低レベル帯ならば対して差はないが、上級になって来ると、魔物はボーナスで大幅に強化される。

その為レベルが40だったとしても、レベル30の上級の魔物と戦うのはかなりきつい感じになってしまうそうだ。


――以上乳ペディア参照。


まあ人間には高い知能と技術があるから、その辺りは案外ひっくり返せたりもする訳だが。

基本的にはそういう事になる。


「貴様ら……我らを暗殺集団、哭死鳥こくしちょうと知っての妨害か」


遅れてきた男の1人が口を開いた。

その声はしゃがれており、口を布で覆っているのも相まって聞き取り辛い。


「こしっこ?便所なら森の中だし、遠慮なくそこらでやってこいよ」


「どうやら……死にたいらしいな」


男達からの殺気が膨れ上がる。

フレンドリーなジョークだったのだが、どうやらお気に召さなかったらしい。


仕方ないな……


二重詠唱ダブルスペル!カオスライトニング!」


不意打ち最強!


お得意の雷光まほうを2連打する。

どう見ても相手が悪者っぽいので、手加減はしない。


「ひぃっ!」


放った閃光は男二人を飲み込んだ。

その体は一瞬で消し炭へと変わり、それを見て忍者マンが悲鳴を上げる。


そして燃え上がる森。


やらかした!


ライトニングの熱で森の木が燃えてしまった。

このままでは大火事になりかねない。


「ダブルスペル!カオスブリザード!」


仕方ないので、氷の魔法を同じ軌道に打ち込んで鎮火する。

次から魔法を使う時は慎重に選ぶとしよう。


「凄い……」


姫エルフが尊敬の眼差しを俺に向けてくる。


これは惚れられたかもしれん。

我ながら罪な男だ。

10年後ぼいんぼいんになったらまた会おう。


ん?でも待てよ?

エルフって確か長寿なんだよな?

だったら10年後も、まだこのままの姿の可能性もある訳か。

そう考えると10年では足りないな。


「逃げたべよ?」


おっと、いかんいかん。

重要な案件に気を取られ過ぎて、目の前の小物共に危うく逃げられる所だった。

こういう時は徹底的に相手を叩かないと、後々碌な事にならないのが相場だ。


「二人は彼女達を守ってやってくれ」


この森には上級の魔物が出る。

彼女達をこの場に放っておいて追跡したら、戻ってくる頃には肉片ミンチに変わり果てていましたなんて事態も十分あり得るからな。


俺は二人にその場を任せ、逃走した奴らを追う。

索敵能力はないため姿を消されると厄介だが、さっきカオスチェックで看破できたので、スキルをちょこちょこ使いつつ相手の追跡をする。


というか、面倒なので変身を解いた。

人目がないし、もう気にする必要は無いだろう。

因みに身に着けた服とか所持しているアイテム類は、変身を解くと謎空間に収納される仕様なので心配する必要は無い。


飛び上がった俺は上空から奴らを追跡し、直ぐに追いつく。

見た目は不細工だけど、やっぱこのハイスペックは溜まらんね。


「逃がさんよ」


「ひぃ……」


「く……なぜこんな所に化け物が……」


片方は俺の姿を見て、尻もちをついて震えている。

だがリーダーらしき男は気丈な物だ。

明らかに恐怖で目元を歪めていても、悲鳴を上げる様な無様な真似はしなかった。


その強メンタルを称え、御褒美をやる。


「カオスパーンチ!」


俺の拳が男の顔面を捉え、マグナムで吹っ飛ばされたスイカの様に弾け飛んだ。


さて、もう一人だが――なぜ忍者マン共がこんな真似をしたのか、それを聞く事にする。


「死ぬのと話すのなら……どっちがいい?」


冷静に考えれば、こんな化け物が人間を見逃す訳がない事は直ぐに分かりそうなものだ。

だが男は恐怖からパニックを起こし、ペラペラと口を開いた。


「成程な」


「ぜ、全部喋ったんだ!だから命だけ――」


言い終わる間もなく、頭部を粉砕した。

散々弱者を殺しまくって来たくせに、厚かましいにも程がある。


悪人死すべし。

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