第28話 魔王

「状況はどうだ?」


「確認します」


魔法を使ってお互いの位置を確認し合う様、指示を出す。

ドラゴンに気づかれない様にするため、全てのパーティーには消音の魔法が施されている。

その為、連絡は特殊な魔法を使ってしか行なえない。


――目の前には、巨大な洞穴が大きく口を開けていた。


そこはドラゴンが塒として使用している場所だ。

中の様子を少しでも把握するべく俺は目を細めるが、洞穴の中は完全に闇色に染まっているため、残念ながらその様子を伺い知る事は出来ない。


「配置は完了したようです」


パーティーの紅一点。

女魔術師のアレサが全体の準備完了を告げる。


「そうか」


これから俺達は、1万の軍すら蹴散らしたドラゴンへと奇襲をかける事になる。

その為の配置は完了し、後は作戦時間を待つだけだった。


魔法の時計を取り出し、時刻を確認する。

今は23時47分。

作戦の決行は日付の変わった瞬間、0時ジャストに行われる予定だ。


「上手く……いきますかね?」


「わからん」


土壇場で臆病風に吹かれたのか、シーフのジャンが不安そうに訪ねて来る。

俺はそれに素直に答えた。


――勝機はある。


皆無だと言うなら、そもそも俺達はこんな所には来ていない。

だがそれが上手く行くかと聞かれれば、分からないとしか答えようがないのだ。

まあ気休めを口にしても良かったが、どうせ嘘だとすぐばれるから止めておく。


「まあ、マジックワイヤー次第だろうな」


空を飛ばれれば此方に勝機はない。

上空からの広範囲ブレス。

それが国軍を一方的に蹂躙し尽くした要因だ。


何も考えずに挑めば、俺達も間違いなく同じ運命をたどる事になるだろう。

それを阻止するのが、マジックワイヤーと呼ばれる魔法金属で編み込まれた巨大な網だった。


これを引きちぎるのは並大抵の事ではない。

伝説レベルのドラゴンだろうと、そう容易くは突破できないだろう。

塒入り口付近で奇襲をかけ、網でその動きを制限して近接部隊で短期決戦に挑む。

それが今回の作戦の概要だ。


正直上手く行くかは、良く見積もっても五分五分程度だと俺は思っている。

仮に上手く行ったとしても、暴れるドラゴンに巻き込まれて多くの命が散る事になるだろう。


魔法が効けば遠距離で安全に仕留められるのだが、ドラゴンはほぼすべての属性に対して無敵に近い耐性を持っている。

なので攻撃魔法は全く役に立たない。


そのため、普段はメイン火力を務める魔術師達には、今回の作戦ではサポートに徹して貰う事になる。


「5分前か……強化魔法を」


俺は仲間に指示を出した。

同時に俺の体を青い光が包み込む。

筋力強化の魔法だ。


俊敏性。

暗視。

精神安定。

対衝撃。

対斬撃などの強化魔法が次々とかけられる。

それらがかけ終わる頃、ちょうど時計の針が12時を指した。


「オオオオオオオオオオオォォォォォォォォ!」


身の毛がよだつ様な声が辺りに響いた。

これは悪霊の雄叫びバンシークライと呼ばれる、魔法の雄叫びだ。

この不快な声でドラゴンを塒の外へとおびき出し、マジックワイヤーを魔法の力で奴に降り注がせる。


ズシンズシンと、大地を震わす足音が洞窟の奥から響いて来る。

やがて洞穴の入り口に、巨大なドラゴンが姿を現した。


想像していた以上の巨体。

その圧迫感から、周りの面子が息を飲むのが伝わって来る。


「放て!」


Sランク冒険者。

疾風のガッソーの声が辺りに響いた。

彼は今いる中で最もベテランであり、今回の討伐作戦のリーダーを務めている。


――彼の号令に合わせ、魔法の網が勢い良く宙を舞う。


ここには最低でも、Bランク以上のパーティーが集まっている。

そこに所属する魔術師達の力量は当然高い。

放たれた網は誤る事無く、その全てが正確無比にドラゴンに降り注いだ。


「ぐおぉぉぉぉぉぉ!」


ドラゴンの雄叫びが辺りを震わせた。

これには根源的な恐怖を引き出す効果があり、一瞬体が硬直してしまう。

だが一瞬だけだ。


精神安定の魔法が働き、自由になった俺は真っすぐにドラゴンへと駆け。

他の奴らもそれに続く。


「ぐわぁぁ!」


ドラゴンが暴れて滅茶苦茶に前足を振り、その一撃を受けた人間が宙を舞う。

幾ら網を幾重にも被せたとはいえ、その程度では動きを完全に封じる事など到底出来ない。

迂闊に近寄れば、俺達も同じ運命をたどる事になるだろう。


俺は慎重に相手の動きを見極めつつ。

隙を見て狙いを定め、手にした大剣を網の隙間に突き込んだ。


「ぐ……」


ガインという鈍い音と共に両手に衝撃が走り、痺れる。

その瞬間理解してしまう。


――自分達ではこの化け物に勝てない事を。


俺の大剣の一撃は、参加している面子の中でも最高峰の破壊力を誇っていると自負している。

その渾身の突きで、竜の鱗が突破できなかったのだ。

それはこのドラゴンが、ここに集まったメンバーでは誰も傷付ける事が出来ないと言う、何よりの証となる。


だが今のは角度が悪かっただけかもしれない。

そう思い、俺は再び網の隙間を狙って剣を突き込んだ。


「くそっ」


だが結果は同じ。

俺は大声で仲間に撤退を指示し、急いでその場を離れた。

英雄になるというチャンスを放り投げるのは惜しいが、勝てないのなら撤退するしかない。

これ以上続けるのは只の自殺だ。


チラリと背後を見ると、攻撃していた者達の多くがドラゴンから離脱してくるのが見えた。

彼らも自分達では敵わないと早々に気づいたのだろう。

もう少し頑張ってくれていれば、良い囮になってくれたのにと舌打ちする。


彼らとは同じ死地に挑んだ仲間ではあるが、所詮はその場限りに近い赤の他人だ。

危機的状況化では、自分達の生存を優先させるのは当然である。


「撤退するぞ」


後方に控えていた仲間と合流し、その場を離れようとする。

その瞬間爆音が響いた。

体が衝撃に押され、俺は前方に吹き飛ばされてしまう。


「くっ!」


受け身を取って立ち上がるが、ずきんと鈍い痛みが腕に走った。

咄嗟の受け身だったため、完ぺきとはいかなかった様だ。

だが少々痛めた程度、これぐらいなら大した問題ではないだろう。


俺は急ぎ仲間の状況を確認する。


「大丈夫か!?」


「っ……足を」


アレサ以外は皆、最低限受け身は取れた様で大きな怪我をしていない。

だが魔術師である彼女は上手く対応できず、足を大負傷してしまっていた。


「アレク……私の事は……」


アレサが自分を見捨てる様に言うが、俺はそれを無視して剣を捨て彼女を抱え上げた。

これまで苦楽を共にしてきた仲間かぞくを、見捨てるつもりなど毛頭ない。

そんな事をするぐらいなら死んだ方がましだ。


「……ありがとう」


「気にするな」


チラリと背後を確認すると、ドラゴンは既に網を被ってはいなかった。

周囲に焼け焦げた金属の破片が散乱している。

どうやらさっきの衝撃は、ドラゴンが自身に掛けられた網をブレスで消し飛ばした時の物らしい。


まさか自由になるため、ダメージを気にせず体に巻き付いた網にブレスを放つとは……完全に想定外の動きだ。


ドラゴンが大きく息を吸い込むのが見えた。

再びブレスを放つ気なのだろう。


ドラゴンのブレスは広範囲を焼き尽くす。

受ければ即死だ。


さっきは網が障壁になったから大した被害はでなかったが、もうそれはない。

そして撤退も、どう考えても間に合いそうもなかった。


「皆、すまん」


俺はリーダーとして、仲間を守れなかった事に謝罪する。


「気にすんなよ!」


「そうそう!アレク達との冒険、楽しかったぜ」


「もし生まれ変わったら、また一緒にやろう」


「今までありがとう。アレク」


最高の仲間達だった。

英雄どころか、ドラゴンに傷一つ負わせることも出来なかったが、最後がこいつらと一緒なら悔いはない。


ドラゴンの大きく開かれた口が赤く輝く。

そして――


2重詠唱ダブルスペル!カオスライトニング!」


二筋の光が闇を切り裂いたかと思うと、閃光と共にドラゴンが激しく吹き飛んだ。


「なに……が」


俺はその嘘の様な光景を一瞬唖然と見つめるが、直ぐに正気に戻り、声のした方へと視線を動かす。


――そこには金の熊と、銀の狼を従えた禍々しい化け物の姿があった。


「魔王……」


瞬時に俺は確信し、本能的に呟く。

ドラゴンすらも容易く吹き飛ばす規格外の化け物。

とてつもない力を秘めた超常のこの化け物こそ、伝説にある、世界を滅ぼすと言われている魔王なのだと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る