第27話 レジェンドクエスト
「よお、アレク。まさかお前さん達まで参加するとはな。驚いたぜ」
カウンターで一人酒を煽っていると、がたいのいいモヒカン男が気安く声を掛けて来る。
彼は俺の顔なじみ――クラングと言う名の男だ。
「そうか?にしても……相変わらずの格好だな」
知り合いの姿に、俺は苦笑いを浮かべる。
「いいだろう?」
クラングは自身の身に着ける、ショッキングピンク色のフルプレートを自慢げに指さした。
いかつい見た目にミスマッチなこのピンクの鎧こそ、彼のトレードマークだ。
その為、彼の二つ名はピンクの悪魔という、なんとも言えない物となっている。
まあ本人は気に入っている様だが……
クラングは俺の横へ座り、きつい酒を注文した。
正直、この男と並ぶと嫌な意味で目立つので他所に行って欲しい所ではあるのだが。
ま、これから同じ死地へと向かう間柄だ。
我慢してやるとしよう。
「あれをやれると思うか?」
「可能性は高く無いだろうな」
俺とクラングはS級冒険者だ。
それぞれの所属するパーティーもSランクに認定されており、最上級のモンスターとさえ渡り合う実力がある。
他にもSランクパーティーが1つに、Aランクが3つ。
この国における上位パーティー6つが今、この街に集まっていた。
そこにBランクまで含めると、俺達は総勢130名程の強戦闘集団になる。
だが今度の仕事で生きて帰れるのは、恐らく極少数だろう。
いや、寧ろ全滅する可能性の方が遥かに高いと言っていい。
「厄介な仕事だ」
事の発端は、王国西部のにある山の採掘が始まりだ。
その山には巨大な竜が眠っていると言われており、近隣の人間はそこを死の山と恐れ誰も近づこうとはしなかった。
そんな場所にも拘らず、それを只の迷信と切り捨て、ある欲深い貴族が山に眠る鉱物目当てに採掘を始めてしまったのだ。
そして踏み込んでしまう。
伝説に残る竜の
結果は悲惨なものだった。
その場に居合わせた鉱山夫達は元より、その近隣の街は怒り狂った竜の襲撃によってもういくつも滅びている。
当然そんな状態を国が放っておくわけも無く、国は竜討伐に大軍を動かした。
だが怒れる竜の力は恐るべきもので、差し向けた1万にも上る軍勢は完全に全滅させられてしまったらしい。
そしてその余りの強大さに討伐不能と判断した国は、方針として該当地域の封鎖を宣言する。
要は竜のテリトリーと思しき範囲から住民を避難させ、そこを封印の地として永久に放棄すると言う物だ。
これ以上余計な刺激をせず、大人しく待つというのは、判断としては正しい物だろうと俺も思う。
勝てない相手に、延々喧嘩を売るなど正気の沙汰ではないからな。
だがそれはそう簡単な話ではなかった。
該当地域に当たる街や村は。全部で10か所以上だ。
人数にすると、20万人近い人間を避難させる必要がある。
それだけの人間が今住んでいる場所を放棄し、新しい場所で生活する事がどれ程大変な事かは考えるまでも無いだろう。
国から助成金が出るとはいえ、移住者の生活が困窮するのは目に見えていた。
だから、避難予定の各町から依頼が出たのだ。
竜討伐の。
自分達の生活を守るため藁にもすがる思いだったのだろうが、一万からの軍隊を蹴散らした化け物の討伐以来まど、普通ならあり得ない。
当然受ける人間などいる筈もない。
そう、普通なら――
「だが俺は、これがチャンスだと思ってるぜ」
そう言うと、クラングはにやりと笑う。
10か所からの依頼で、それも難易度
一生遊んで暮らすぐらいの報酬は期待できる。
だが彼の言うチャンスとは、決して金の事ではない。
Sランクの冒険者ともなれば、別に命なぞ賭けなくても遊んで暮らすだけの金を溜めるのはそう難しくないからな。
彼が言うチャンス、それは――
英雄の称号だ。
その言葉に憧れない冒険者はいないだろう。
ここに集まっている無謀な連中は、その英雄という称号の為に命をかけるのだ。
「後世に名を遺す偉大な英雄となる機会なんて、早々転がっていないからな」
功績あっての英雄である。
それを成す機会など、生涯に1度あればいい方だろう。
そして俺達はそのチャンスに今、向き合っている。
ここで逃げれば、英雄として後世に名を残す機会は恐らくもう巡って来ないだろう。
だから俺達はここにいるのだ。
「そういう事だ。お互い生き残って英雄入りしてやろうぜ。兄弟」
「誰が兄弟だ。誰が」
ピンク鎧を着こんだモヒカン男なんかと、兄弟になるつもりはない。
俺はしっしと手を振って追い払う仕草をする。
「はっはっは、連れねぇなぁ!」
クラングは俺のジェスチャーなど気にも留めず、バンバンと馴れ馴れしく此方の肩を叩いて笑う。
俺はやれやれと首を振り、溜息を吐いて手にした酒を一気に煽った。
どうやら、今日はこいつと飲み明かす事になりそうだ。
明日は竜相手にドンパチする事になる。
にも拘らず、貴重な1日をこうやって無為に垂れ流す。
馬鹿みたいな生き様だが、これもまた冒険者としての醍醐味と言えるだろう。
喧騒の中、俺は夜遅くまで命運を共にする者達と酒を酌み交わす。
この時の俺は考えもしなかった。
まさかその戦いで、伝説レベルの竜すらもねじ伏せる魔王と呼ぶべき存在と邂逅する事になるなどどとは。
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