第132話 果てぬ乱打戦①

1944年6月6日


 「長門」「陸奥」がサウスダコタ級と砲火を交わしていた頃、第3戦隊の金剛型戦艦2隻、第5戦隊の重巡5隻、第1水雷戦隊、第42駆逐隊は米機動部隊本隊を肉迫にしつつあった。


「でかいのが3隻、小さいのが2隻、護衛艦艇が30隻程か。面白い勝負になりそうだな」


 秋月型駆逐艦に類別される「宵月」の艦橋で中尾小太郎艦長は艦長としての初の実戦に気持ちが高ぶりつつも、冷静に状況を分析していた。


「観測機より報告。『敵の護衛艦艇は戦3、巡7、駆26』」


「42駆旗艦より命令。『左魚雷戦』」


 観測機から敵情に関しての報告が届き、42駆旗艦「満月」の菅野宏人司令官から命令が送られてきた。


「まずは魚雷を捨てる気だな。うまくすれば1~2本は命中してくれるかもしれん」


 菅野の命令を受領した中尾は即座に菅野の思惑を見破った。


 「防空駆逐艦」と銘打っている秋月型駆逐艦ではあったが、帝国海軍の伝統から完全に脱却することは出来ておらず、魚雷発射管1基4門が左舷側に配備されている。


 このまま砲戦に突入すると、不幸な1発によって魚雷が誘爆を起こしてしまう危険性があり、菅野はその可能性を早めの魚雷発射によって取り除いてしまおうと考えたのだろう。


 中尾は元々、秋月型の魚雷管配備に反対していたクチであり、菅野の方針に大賛成であった。


「針路260度!」


「雷撃距離5500メートル! 変針と同時に発射せよ!」


 中尾は変針を命じた後、水雷指揮所を呼び出し、水雷長明石紀次大尉に命じた。


 駆逐艦と思われる艦艇から発射炎が確認され、敵弾の飛翔音が拡大してきた時、


「魚雷発射準備完了!」


との報告が上げられ、「宵月」が転舵を開始した。


 全長134.20メートル、全幅16.00メートル、基準排水量2750トンの艦体が、艦首を右に振り、先ほど発射炎が確認された敵駆逐艦の姿が左へと流れてゆく。


 艦体が僅かに震える。「宵月」の魚雷発射管から魚雷が次々に海面へと放たれているのだ。


「魚雷発射完了しました!」


 明石からの報告が届く。


 42駆から放たれた魚雷は合計16本。1本でもいいから敵艦に命中してくれと中尾は願っていた。


「目標左舷側の敵駆逐艦2番艦。砲撃始め」


「目標左舷側の敵駆逐艦2番艦。砲撃始め!」


 中尾が命じ、一ノ瀬治砲術長が復唱を返す。


 各砲塔が旋回してゆき、照準を合わせた1番砲から、めくるめく火焔がほとばしった。


 束の間、艦全体は昼間のように照らし出され、闇を切り裂いた。


 「宵月」の前方からも砲声が届き、次いで後部からも砲声が届いた。


 1番艦「満月」、3番艦「霜月」、4番艦「花月」も砲撃を開始したのだ。


 秋月型駆逐艦の主砲は65口径10センチ連装高角砲4基8門であり、陽炎型駆逐艦、夕雲型駆逐艦と比較しても遜色ない砲力を持っている。


「敵1番艦砲撃中! 敵2、3、4、5、6番艦砲撃開始しました!」


 見張り員が上ずった声で報告を上げる。


 「宵月」が最初の命中弾を得たのは2番砲から放たれた第2射であった。


 敵2番艦の後部に閃光がきらめき、火焔が湧いた。大量の塵が天へと舞い上がる様子が「宵月」の艦上から見て取れた。


「『霜月』被弾!」


 「宵月」が命中弾を得、斉射に移行しようとした直後、僚艦の被弾報告が届いた。


 「満月」「宵月」とは違い、敵駆逐艦2隻ずつに砲火を浴びせられている「霜月」はその分、被弾までのスピードも早かったのであろう。


 主砲発射を報せるブザーが鳴り止み、「宵月」が第1斉射を放った。


 敵2番艦も被弾に怯むことなく撃ち返してくる。「宵月」の周囲に弾着の飛沫が上がり、至近弾炸裂の衝撃が艦体を突き上げる。


「艦長より機関長。缶室に異常ないか?」


「健在です!」


 機関長小鳥次郎少佐が機関部の無事を報せ、このやりとりをしている間にも「宵月」は第2斉射、第3斉射、第4斉射と砲撃を継続する。


「敵2番艦に更に命中弾! 火災拡大!」


「いいぞ。砲術!」


 中尾は一ノ瀬を始めとする射撃指揮所に賞賛の言葉を送った。


 このまま、押し切れるかに思えたが・・・


「敵1番艦転舵! 2番艦、3番艦も転舵!」


「砲戦を打ち切るのか? いや、魚雷か!」


 中尾は敵駆逐艦艦長達の意図を悟った。42駆から放たれた16本の魚雷を回避すべく、砲戦を打ち切って回避運動を開始したのだろう。


「じかーん!」


 魚雷到達時刻が過ぎ、魚雷の存在に気づかず転舵をしなかった敵4番艦の右舷側に1本の水柱が奔騰し、それは即座に火柱に変わった。


 敵駆逐艦の主砲弾火薬庫が誘爆を起こしたのだろう。


 そして、敵4番艦の被雷は思わぬ副産物をもたらした。


「敵5番艦、敵4番艦に激突しました!」


「なにやってやがる」


 上がってきた報告に対して、中尾は思わず苦笑した。


「敵5番艦は捨て置け! 射撃目標敵6番艦!」


 中尾は射撃目標の切り替えを命じた。


 当初は4対6と劣勢であった42駆であったが、今やその立場は逆転した。


 1隻は沈没確実、1隻は大破、3隻は離脱してゆき、残りの敵駆逐艦はたったの1隻である。


 後1隻の敵駆逐艦を撃沈するなど容易いと中尾は考えたが、その時、艦の前方から不気味な爆発音が轟いた。


「まさか・・・」


「『満月』に直撃弾! 轟沈です!」
















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