第127話 「鬼怒」雷撃
1944年6月6日
「敵艦隊、右40度、距離12000メートル! 中型艦3、小型艦8!」
「味方機、吊光弾投下!」
第4水雷戦隊旗艦「鬼怒」の艦橋に矢継ぎ早に報告が飛び込んだ。
「第1防空戦隊と第4駆逐隊と相対している敵艦隊だな。要請通り魚雷を撃ち込むとするか」
川崎晴実艦長は「鬼怒」と後続の陽炎型駆逐艦に装備されている61センチ魚雷の破壊力と、命中時の敵艦轟沈の両方の光景を思い浮かべながら呟いた。
今の所、4水戦に砲撃を仕掛けてきている敵艦艇、敵艦隊は存在しなかった。
だが、問題は、4水戦が放つ魚雷が敵艦の下腹を抉るまでに1防戦、4駆が持つかどうかだ。
「鬼怒」の艦橋から見る限り、敵艦隊は軽巡1、2番艦、駆逐艦1、2番艦が黒煙を噴き出しているが、1防戦の「阿賀野」「能代」も火災炎を背負いながら砲撃を継続していた。
万が一、投雷前に1防戦と41駆が砲戦に敗れ去ってしまった場合、砲力の乏しい4水戦は滅多打ちにされてしまう事、ほぼ確実であった・・・
「艦長より砲術、本艦目標敵巡洋艦1番艦。砲戦距離8000メートル!」
「目標敵巡洋艦1番艦。砲戦距離8000メートル。宜候」
川崎の命令が艦橋トップに伝わり、渡辺清七砲術長が即座に復唱した。
次に渡辺が、測的長石川茂大尉に下令した。
「目標敵巡洋艦1番艦。砲戦距離8000メートル!」
「目標敵巡洋艦1番艦。砲戦距離8000メートル。測的始めます」
石川が復唱し、彼我の距離が10000メートルを切った所で、観測機が新たな吊光弾を投下した。
敵軽巡1,2番艦の姿が夜闇の中に明瞭にくっきりと浮かび上がり、2艦の被害が先ほどよりも拡大している事が確認された。
敵軽巡1番艦の前部の主砲は全て沈黙しており、敵軽巡2番艦の艦橋はその高さが半分に減じていた。
「方位盤よし!」
「主砲射撃準備よし!」
2つの報告が射撃指揮所内に木霊し、それに川崎の命令が重なった。
「撃ち方始め!」
一拍置いて、「鬼怒」の前部3基3門の50口径三年式14センチ単装砲から砲煙がなびき、砲声が射撃指揮所を包み込んだ。
「鬼怒」の主砲直径は14センチ。同じ前衛部隊に所属していた大和型戦艦、長門型戦艦の主砲と比較すると、その威力も迫力もささやかなものであったが、手数は多い。
前部の主砲が第1射を放った6秒後には後部の4基4門の主砲が第2射を放っている。
「『不知火』撃ち方始めました。『霞』『霰』撃ち方始めました」
見張り員が僚艦の動きを報告し、その働き、いや、駆逐艦には負けぬと言わんばかりに「鬼怒」の主砲が第3射を放った。
第4射、第5射と、「鬼怒」の主砲が砲撃を繰り返し、敵弾が飛んでこないということもあって、1射毎に弾着の精度が着実に上がってきた。
「距離9000メートル!」
「当てろ!」
彼我の距離が9000メートルを切り、川崎が発破をかけた。
川崎が後方を振り返ると、陽炎型駆逐艦6隻が全艦砲撃を継続しているのが確認できる。
4水戦で最初の命中弾を得たのは3番艦の「霞」であった。
弾着の瞬間、敵駆逐艦1番艦の艦上に爆炎が閃き、艦を覆っていた黒煙が一層拡大した。
「よし!」
次の瞬間、川崎が喝采を叫んだ。「霞」の次に「鬼怒」が敵軽巡1番艦に対して命中弾を与えた瞬間を目撃したのだ。
「次より斉射!」
川崎は力のこもった声で下令し、「鬼怒」の主砲が暫し沈黙した。
主砲の装填が完了し、「鬼怒」が斉射を開始する。
7門の14センチ砲が、一斉に発射炎を閃かせて7発の射弾を叩き出し、「鬼怒」の艦体が反動を受けて反対側に仰け反る。
第1斉射弾の弾着よりも早く、第2射の砲声が上がり、第1斉射弾が着弾した瞬間、敵軽巡1番艦の艦首から何かが海面に落下していった。
「鬼怒」が放った第1斉射弾は、艦首に集中的に命中し、そこに損害を与えたのだろう。
第2斉射弾、第3斉射弾、第4斉射弾が約8~10秒置きに弾着してゆき、多いときで3発、少ないときでも1発が命中する。
「敵軽巡1番艦沈黙! 隊列から落伍してまーす!」
見張り員からの報告が届き、川崎は双眼鏡越しに敵軽巡1番艦の様子を確認した。
前部に発生していた火災は今や艦の後部にまで急拡大しつつあり、その速力は鈍足の輸送船を思わせんばかりにまで低下していた。
そして、魚雷投下のタイミングが来た。
「鬼怒」の艦首が右に振られ、九二式4連装魚雷発射管四型2基8門から8本の魚雷が放たれ、「不知火」以下の陽炎型駆逐艦からも次々に魚雷が発射された。
「『能代』大火災! 沈みます!」
朗報の次には凶報が伝わってきた。敵軽巡2番艦、3番艦の砲撃を一身に受け続けていた2番艦の「能代」が沈没確実となったのだ。
4日、5日の航空戦では第3艦隊の空母の直衛艦として、獅子奮迅の戦いを見せた新型軽巡であったが、武運続かず、このトラック沖の海域で最期を迎えることとなったのである。
「すまぬ。『能代』」
残念ながら4水戦が魚雷を投下し終えるまでに「能代」は保たなかった。せめて、乗員だけでも助けてやりたかったが、今のこの状況ではそれすらも不可能であった。
後は、海面下に放たれた魚雷が友軍の助けになることを祈るのみであった・・・
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