第126話 水雷戦隊激突

1944年6月6日 夜



 静かなトラック沖の海域に異変が起こったのはもう少しで日が変わろうかという午後10時の事であった。


「対空レーダーに反応あり! 敵味方不明機です!」


 軽巡洋艦「アムステルダム」の艦橋に報告が届けられ、艦長アンドリュー・P・ロートン大佐は首を傾げた。


「味方機ではないな・・・。この時間にこの海域に味方機が飛来するという報告は聞いていない」


 「アムステルダム」は、第6巡洋艦戦隊の僚艦「トピカ」「ポーツマス」、第22、23駆逐隊のフレッチャー級駆逐艦8隻と共にトラック環礁北90海里の位置に展開していた。


 この部隊は米機動部隊の護衛として広域展開していた部隊の一つであり、トラック沖の外周警備の役割も担っている部隊であった。


「後部指揮所より艦長。不明機接近!」


 新たな報告に敵機のエンジンから発せられる爆音が重なる。上空から迫る脅威を排除すべく今すぐ対空射撃の開始を命じたいところではあったが、この夜間ではもうすぐそこまで接近しているであろう敵艦隊に自らの位置を暴露してしまう可能性が大であった。


 よって、静かに待機し、敵機をやり過ごす以外にはなかった。


「敵機接近! 3000ヤード! 2500ヤード!」


 敵機が接近し、程なくしてロートンは第8巡洋艦戦隊が敵機に発見されたことを悟った。


 敵機が「トピカ」の上空に取り付き、旋回を開始したのだ。


「砲撃開始ィ! うるさいハエを叩き落としてやれ!」


 ロートンは砲術長ダンカン・マッキンレー中佐に砲撃開始を命じ、程なくして前部2基の47口径MK16、3連装6インチ砲2基が砲撃を開始し、次の瞬間、一気に戦況が動いた。


「対水上レーダーに反応あり! 日本軍ジャップの艦隊です!」



 「アムステルダム」の対水上レーダーが反応した時、既に日本側は米艦隊を視認していた。


「長官、敵艦隊です!」


「第1防空戦隊目標、敵軽巡。第41駆逐隊目標敵駆逐艦、射撃始め!」


 参謀の1人が叫び、飯田俊平司令官が大音声で命じた。


「目標、敵軽巡1番艦、射撃開始!」


 「阿賀野」艦長松田尊睦大佐が、艦橋トップの射撃指揮所に下令する。


「敵はクリーブランド級軽巡と認む!」


 見張り員からの報告が届けられ、飯田が僅かに眉を潜めた。


「クリーブランド級か・・・。強敵だな」


 索敵機「彩雲」や海軍情報部からの報告によると、クリーブランド級の兵装は、47口径MK16、3連装6インチ砲4基、38口径連装5インチ砲6基、ボフォース 4連装40ミリ機関砲8基。


 阿賀野型の65口径10センチ連装高角砲6基12門、7.6センチ連装高角砲2基4門、25ミリ3連装機銃12基36挺、同単装機銃16挺と比較すると、阿賀野型が僅かに不利との感は拭えない。


「他の部隊に発光信号で救援を頼んではいかがでしょうか?」


 参謀長を務める四宮龍史郎大佐が意見具申を行った。


「第4水雷戦隊か・・・」


 第1防空駆逐隊、第41駆逐隊の後方には軽巡「鬼怒」、陽炎型駆逐艦6隻から編成される第4水雷戦隊が進撃してきており、あと5分足らずでこの戦場に到着するはずであった。


 この部隊に敵軽巡に対する雷撃を行って貰えばいいと四宮は言っているのだ。


「よし、第4水雷戦隊に向かって発光信号を送れ! 敵には悟られるなよ」


 飯田が四宮の意見を即座に採用した。


 「阿賀野」の前部3基6門の長10センチ主砲が火を噴き、第1射を放った。


 この3日間、数多の米軍機を相手取ってきた高性能高角砲が、今度は米艦艇を相手にしようとしているのだ。


 第2射、第3射と「阿賀野」の主砲が咆哮し、艦後方に陣取っている見張り員から「『能代』射撃開始しました! 第41駆逐隊各艦射撃開始しました!」との報告も入ってくる。


 「阿賀野」は第3射で直撃弾を得た。


 敵軽巡の艦上に爆発光が閃き、トラック沖の夜闇に艦の姿が赤々と浮かび上がった。


「次より斉射! 畳みかけろ!」


 松田が斉射への移行を命じた。


 「阿賀野」が最初の命中弾を得たときには、僚艦の「矢矧」も敵軽巡2番艦に命中弾を与え、斉射に移行しようとしていた。


 敵も一方的に撃たれている訳ではない。


 しかし、初動に遅れたのかは分からなかったが、その照準は非常に甘いものとなっており、クリーブランド級の速射性能にも関わらず、まだ1発の至近弾すら発生していなかった。


 「阿賀野」が斉射を放った。


 強烈な砲声が艦橋を包み込み、飯田、松田の耳朶を打つ。


 斉射弾の弾着が敵軽巡1番艦の姿を隠し、その水柱が消える前に新たな水柱が奔騰する。


 海戦の様子を見守っていた飯田はこのまま、「阿賀野」が敵軽巡1番艦を圧倒するかと思われたが、「阿賀野」も直撃弾を喰らう時がやってきた。


 敵弾弾着の瞬間、「阿賀野」の艦体に破壊音が轟き、引き剥がされた角材が空中に舞い散り、海中に落下した。


 「阿賀野」も負けてはいない。


 「阿賀野」から放たれた第2斉射が敵軽巡1番艦の主砲1基を使用不能に落とし込み、続く第3斉射では機銃座3基を一時に薙ぎ払った。


 防空軽巡VS防空軽巡の戦いはまだ始まったばかりであった・・・











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