第123話 終結
1944年6月4日
「航空戦の終結を宣言する」
第3艦隊司令長官小沢治三郎中将は宣言し、司令部幕僚が一斉に頷いた。一見、誰もが平静を保っているかのようであったが、各々心の内で何かを懸命に押さえつけている様子であった。
「我が軍の航空隊が上げた戦果は・・・」
「戦果ではなく、損害の報告を頼む。報告する順番が違ったからといって戦果も損害も変わる訳ではあるまい」
戦果の報告を始めようとした田口久盛主席参謀に対して小沢は穏やかだが芯の通った声でいった。
「空母の喪失は『瑞鳳』『千歳』『千代田』『蒼龍』『翔鶴』。――第8次空襲に置いて損害を受けた『翔鶴』はまだ浮いていますが、既に松原艦長が総員退艦を命じています。その他にも『鳳龍』『龍鳳』発着艦不能に陥っています」
「『鳳龍』『龍鳳』の飛行甲板は復旧不可能か?」
「『龍鳳』に関しては当たり所が悪かったようで、復旧のメドは立っていないとの事でしたが、『鳳龍』に関してはあと2時間程で飛行甲板の再使用が可能になるとの報告が高次艦長より届けられています」
「護衛艦艇に関してはどうだ? 特に前衛部隊はかなりの被害が発生したと聞いているが」
「前衛部隊の『早風』『磯風』が沈没。『由良』が大破航行不能との事です。機動部隊本隊では『阿賀野』が直撃弾2発を喰らって中破しています」
「戦艦部隊に関してはどうだ? 特に『大和』『武蔵』は無事か?」
「至近弾によって多少の浸水が発生した艦がいるようですが、6隻全て戦闘・航行に支障無しとの事です」
「一つ朗報だな」
小沢が意味ありげに呟き、始めて笑顔を見せた。
「戦艦部隊が健在なのは喜ばしい事ですが、空母の損害が・・・」
小沢が笑顔になった意図をくみ取れなかった古村啓蔵参謀長が言いにくそうに呟いた。
戦力に勝る米機動部隊に対して必死の戦いを継続した前衛部隊・第3艦隊は第1次空襲、第2次空襲を無傷で切り抜ける事に成功したが、午前11時頃から空母の沈没艦が出始め、午後には機動部隊が半壊する程の損害を受けた。
特に第5次から第8次空襲にかけては「加賀」「鳳龍」「大鳳」の3艦に推定200機もの攻撃機が殺到し、「翔鶴」が直撃弾2発、被雷5本、「鳳龍」が直撃弾2発がそれぞれ命中した。
「翔鶴」は第1次珊瑚海海戦、ラバウル沖海戦の殊勲艦であり、日本海軍機動部隊の栄光を象徴する空母であったが、飛行甲板を粉砕され、水面下に5カ所の大穴を穿たれて硫黄島沖の海域に力尽きたのだ。
「次に戦果は正規空母1隻撃沈、同1隻大破。小型空母1隻撃沈、同1隻中破」
「2隻撃沈、2隻撃破か・・・」
参謀の一人が今にも消え入りそうな声で呟いた。
こっち側に沈没5に対して、向こうの沈没2――悔しいがこの結果が現実であった。
「航空機の損害はどうだ?」
「残存機数は『加賀』『大鳳』『飛龍』『隼鷹』の4空母合計207機との報告が入っています。この数字は硫黄島からの救援組も入れた機数となります。損傷が酷い機体が一定数存在しますので再出撃可能な機数となるともう少し少ないですが・・・」
「『鳳龍』の格納庫にしまわれている機体と、補用機を勘定に入れると明日以降に使用可能な機数は約200機といった所か・・・。残存機には零戦の割合が多いだろうが、まだもう1戦出来る数だな」
小沢が呟いた。先ほどの戦艦の件ではなかったが、これだけの損害を受けても小沢の闘志は尚燃えさかっているようであった。
「残りの米空母部隊は2群8隻という計算で間違いないな?」
「その通りです」
小沢の確認に対して古村が即座に頷いた。
日本側の第3次攻撃隊の終了後に索敵機「彩雲」が第2、第3の機動部隊を発見している。どちらの部隊も正規空母、小型空母各2隻を中核兵力としており、それに20隻余りの護衛艦艇が付随しているとの事であった。
「これからどうなされるのですか?」
「まず前提として、現状のまま明日の航空戦に突入することは不可能だ」
小沢の認識に全幕僚が頷いた。
「現状のままでは・・・?」
小沢の言葉の僅かな異変に気づいた古村が不思議そうに呟いた。
「そうだ参謀長」
「まさかトラックですか?」
古村の閃きに何人かの参謀が驚いたかのように小沢の顔を見つめた。
目下、トラック環礁で陸海軍の航空部隊、4隻の旧式戦艦が空母10隻以上を擁する米機動部隊と戦っているとの情報は、第3艦隊司令部も掴んでいた。
だが、トラックはここから遠く離れた戦場であり、仮に第3艦隊がトラックへと進撃を開始したとしても、今日相対した米機動部隊がそれを許してくれるはずがなかった。
「いや、米機動部隊にトラックまでエスコートして貰うのさ。こっちは招待客ということだ。無論招かれざる客だがな・・・」
そう言った小沢は今後の方針の説明を始めたのだった・・・
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次回から新章突入です。
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2022年3月18日 霊凰より
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