第121話 鉄壁の船
1944年6月4日
前衛部隊の軽空母3隻が全滅したことによって米機動部隊の攻撃は必然的に第3艦隊に集中することになった。
機数120機程の第5次攻撃隊が零戦、隼、鍾馗の迎撃を受けながらも第3艦隊の上空に接近しつつあった。
被弾した敵機は黒煙を噴き上げながら墜落してゆくが、味方機にも被弾・墜落する機体が確認される。古代ローマのコロッセオを彷彿させるような眺めであった。
「敵機約20機接近してきています! 機種はアベンジャー!」
第3航空戦隊「大鳳」の戦闘艦橋に、見張り長檜田真砂大尉が甲高い声で報告を上げた。
「今度は雷撃機か、1本も命中させる訳にはいかんな」
菊池朝三艦長は静かな声で呟いた。
輪形陣の外郭では対空戦闘が始まっている。
阿賀野型軽巡「能代」「酒匂」が火蓋を切り、その側に展開している秋月型駆逐艦「新月」「初月」も砲撃を開始した。
「『能代』『酒匂』砲撃開始しました! 『新月』『初月』続きます!」
四艦の頭上では爆煙が途切れることなく湧きだし、「酒匂」の前方から侵入しようとしたアベンジャーが2機、「新月」の前方から侵入しようとしたアベンジャーが1機が立て続けに火を噴いて、よろめきながら高度を下げ始めた。
更に1機のアベンジャーが高角砲弾の弾片に傷つけられて、水平尾翼を吹き飛ばされて、制御を失った機体は独楽のように回転しながら墜落していった。
「流石は新鋭艦だ! どんどんいけ!」
入佐俊家副長が喝采を叫び、僚艦の奮戦を目の当たりにした菊池も戦意が更に高揚し始めた。
「取り舵!」
菊池は航海長林桔平中佐に転舵を命じ、程なくして「大鳳」の艦首が振られ始めた。
艦の両舷から発射炎が閃き、こぎみよい音が戦闘艦橋にも聞こえてきた。
「大鳳」が装備している長10センチ連装高角砲は、同じ第3航空戦隊「鳳龍」が装備している12.7センチ連装高角砲に比べて発射間隔が短い。4.1秒に1発という驚異的な速度で砲弾を撃ちだしてゆく。
アベンジャー1機が機首を爆砕されて墜落し、もう1機が燃料タンクを撃ち抜かれて火だるまに変化する。
「敵2機撃墜!」
檜田の戦果を報告し、それに触発されたかのように「大鳳」の対空射撃が激しさを増す。敵機を射程距離内に捉えた25ミリ三連装機銃、同単装機銃が射撃を開始したのだ。
零戦の20ミリ弾のそれよりも遙かに大きい機銃弾が殺到してゆき、火網に捉えられたアベンジャーが1機、2機と火を噴く。
菊池はもう少し彼我の距離が縮まってからアベンジャーが投雷すると思ったが、このタイミングでアベンジャーが次々に投雷してゆき、一目散に離脱し始めていた。
「大鳳」の対空砲火の激しさに耐えきれなくなったアベンジャーの搭乗員が、命中率の低下を承知で早めの投雷を決心したのかもしれなかった。
「あれは当たらんな!」
菊池はアベンジャーが投雷した瞬間、命中する魚雷が1本も発生しないであろうことを確信した。一番惜しい魚雷でも優に500メートルは離れている。
「敵降爆6機、本艦に接近中!」
「今度はヘルダイバーか!」
アベンジャーを撃退した直後のヘルダイバーの襲撃に対して菊池は吐き捨てるように
言った。
今から舵を方向を切り替える時間はない。一か八か舵はこのままいくしかない。
長10センチ砲に仰角がかけられ、再び射撃を開始する。
10センチ砲弾が天高く突き上がり、その砲声を覆い隠すかのようにヘルダイバーから放たれるダイブ・ブレーキの音が菊池の耳にも聞こえてくる。
「敵1機撃墜!」
今度墜とせた敵機は1機に留まった。残りの5機は高角砲弾、機銃弾の驟雨を掻き分けながら機体を翻して1000ポンド爆弾を切り離した。
爆弾の落下音が拡大してゆき、それが耐えきれなくなった時、1本目の長大な水柱が奔騰した。
続く2、3発目は外れ、「大鳳」の右舷側に水柱を奔騰させただけに終わったが、4発目から直撃弾が出た。
凄まじい衝撃が飛行甲板上に叩きつけられ、艦体が揺さぶられる。
5発目は外れたが、かなり際どい所に着弾し、とてつもない水圧が「大鳳」の艦底部を痛めつけた。
飛行甲板に目立った被害はない。
「大鳳」の一番の特徴は、飛行甲板に張り巡らされた装甲だ。この装甲は1000ポンドクラスの爆弾をも弾き返せるという触れ込みであり、その触れ込みが看板倒れではないことがたった今、証明されたのだ。
まだ、敵機は迫ってくる。
「敵雷撃機4機接近中!」
「敵降爆5機急降下!」
どうやらこの第5次空襲では1航戦の「加賀」とこの「大鳳」が集中的に狙われているようだ。
「加賀」と「大鳳」の上空では爆煙が湧き上がり、被弾した敵機が1機、また1機と墜落していくが、どの機体も空母に打撃を与えるべく必死に攻撃を仕掛けてきている。
第5次空襲は今暫く続きそうであった・・・
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2022年3月16日 霊凰より
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